コンパニオンプランツ(つぼみ⇔えりか)


 残暑も過ぎ去り、季節の移り変わりを体感する時期。小春日和と呼ぶにふさわしい晴れた日
の昼休み。来海えりかはやや早歩き気味に中庭を歩いていた。
 ウェーブのかかった青い髪をなびかせ、一人の少女の元へと自分の存在を悟られないように
近づく。
 えりかの視線に捉えられた少女――花咲つぼみはえりかの存在にまったく気づいていない。
 周囲に誰も居ない中庭のベンチに腰かけ、手に持った何かを微笑ましそうに見つめているよ
うだ。
 えりかが歩を進め二人の距離を徐々に縮め、そのままつぼみの背後に立つと一度屈む姿勢
を取る。そっと深呼吸をしてタイミングを取る。そして、勢いをつけて一気に立ち上がると両腕
を回しつぼみに背後から抱きつく。
「つぼみっ! 何見てんの?」
「わぁぁっ……!」
 突然のえりかの襲来に驚き慌てるつぼみを余所に、えりかはさっとつぼみの手に持たれた小
さな何かを掠め取る。手触りからそれが何かの写真の裏面であることがわかった。
「な〜に、この写真? さては……つぼみ。また、いつきの写真でも眺めてたの?」
「ちちち、違いますよっ……! か、返してくださいっ!」
 つぼみは両腕をばたばたと動かし何とか写真を取り戻そうとするも、えりかが首と肩を抑えな
がら抱きついているためにどうにもならない。
「いいじゃんいいじゃん。減るもんじゃないんだし」
 かつて、同性であることに気づかずにつぼみが恋心を抱いていた明堂院いつき、授業中にこ
っそりとつぼみがいつきの写真を眺めて微笑んでいたことをえりかは思い出していた。
 今度はいったい何を見ているのだろう。つぼみの悲鳴は消され、えりかが写真をひらりと回し
表面と対面する。
「え……? な、なにこれ……?」
 えりかの疑問・不可思議といった気持ちが声となってつぼみに伝えられる。
 その写真に写っていたのはえりか自身であった……、数ヶ月前、えりかの家族がつぼみと共
に旅行に行った際、カメラマンとなったつぼみが撮ってくれた自分の姿がそこにあった。
「え、えりかは覚えてないんですか?こ、この写真は私とえりかのご家族で旅行に行った時に
…」
「そうじゃなくって! 何であたしの写真なんか持ち歩いてるのさ?」
 どうにかして誤魔化そうとしていたつぼみの言葉を遮り、えりかがつぼみを追い詰める。
「それは……その……」
 つぼみの頬は徐々に熱を帯び、赤色に染められていた。事情を説明しなければ恐らくえりか
は自分を解放してくれないだろう。
「そ、その……写真のえりかは……とても綺麗で、私も温かい気持ちになれるんです……」
「なによ〜、それじゃあ近くで見るあたしは綺麗じゃないって言うの〜?」
 納得がいかない様子でえりかが自分の顔をつぼみにくっつけると頬ずりをする。
「そ、そうは言ってません……近くで見るえりかもとっても綺麗ですよ」
 このくすぐったい状況から脱出しようとつぼみが顔をあちこちへと動かす。密着したままの状
態でつぼみは続きの言葉を話す。
「ただ、こうやってえりかの写真を見ているとえりかを感じられるんです」
「あたしを……感じる?」
「はい、私が一人でえりかと離れている時も、胸の中にえりかを感じることができるんです…
…」
 背後から抱きつかれた姿勢のままつぼみは瞳を閉じて、抱きつくえりかの両手に自分の両
手を重ねる。
「寂しい時や勇気が欲しい時……えりかが私に力を与えてくれるんです……」
「つぼみ……」
 つぼみに回された腕の力が弱まる。伝えた意思に反してえりかの反応は暗いものであった。
「ひょっとして寂しかった……?あたし、最近ファッション部が忙しくて、つぼみと一緒に園芸部
とか行ってなかったし」
 不安に表情を曇らせたえりかに対し、つぼみは優しい声を返した。
「そんなことはありませんよ……。近くのえりかと写真のえりか。私はいつもえりかに元気を貰
ってます。えりかは私のエネルギーです」
「あたしも同じだよ……あたしもいつもつぼみにエネルギーを貰ってるもん。つぼみはあたしの
乾電池だよ」
「か、乾電池ですか……」
 表現方法に多少疑問の余地が残されたが二人の気持ちは通じ合っていた。つぼみとえり
か、互いの存在は心の支えに、そして元気の源に。
 特に何をするわけでもなく、えりかは背後からつぼみを抱きしめ、つぼみはえりかに抱きしめ
られたまま暫しの時が流れ、やがてえりかが口を開いた。
「ねぇ、つぼみ……」
「何ですか?」
「今度あたしにもつぼみの写真ちょうだい……。そしたら、あたしもつぼみからいっぱい元気を
貰えるから」
「わかりました……、えりかが元気になれる写真を選びますね」
「そろそろ、戻ろっか。昼休みも終わっちゃうし」
「はい、戻りましょう」
 えりかが腕を解く。つぼみはそっと立ち上がり、元気の源である写真を大事そうに懐に仕舞
いこむ。
 背後からスッと手を握られた。ずっと自分を抱きしめていたえりかの手は温かさをまだ保って
いた。つぼみは握られた手をそっと握り返す。
 ペースを合わせ、二人はゆっくりと歩き出す。
「つぼみ……今充電中?」
「はい、えりかからエネルギーを貰って充電してます」
「あたしも。つぼみからエネルギー貰ってたっぷり充電してるからね」
「でも、これじゃあ二人ともいつまでたっても満タンにならないです……」
「いいじゃんいいじゃん、ずっと充電中でさ」
「ふふ……そうですね」
 二人は視線を合わせた。自然と小さな笑い声が漏れる。もうしばらくの間、人気のない中庭
に、二人だけの小さな笑い声が響き渡っていた。

(おわり)