fusion01

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「なぎさぁ〜〜〜っ、何するメポ〜〜〜っ!?」
 知らぬ者にはポーチのようにしか見えないモノが、騒々しくジタバタと暴れてもがいている。
「う・る・さ・いっ! ちょっとトイレに行ってくるだけだから、ここで大人しく待ってなさいっ」
 木漏れ日が降る林の下で、こんがりと狐色の髪の少女が、爪先立ちで精一杯の背伸びを維
持しながら、高い枝にそれをくくりつけていた。
「それなら大人しく待つメポ。なぎさのくっさいトイレ(大)には付き合いたくないメポっ!」
 枝にくくりつけたカードコミューンの中から、失礼極まりない言辞に走るパートナーに、美墨な
ぎさは、いつものごとく単純に、すぐカッとなって言葉を詰まらせた。
「なんですって…っ!」
 セミショートの髪によく似合う、いかにも活動的で溌剌とした素顔が、直情的な怒りで真っ赤
に紅潮する。噴火しそうな激情のマグマを内に抱え込んだままで、目尻を逆立て、ぶつけるよう
に荒々しく語気を返した。
「とにかくッ! 誰かにも気づかれないように静かにしててよねッ。いい? メップル!」
 高所での作業を終え、ようやくカカトを地面に下ろし、限界まで伸ばしきっていた全身を緩ま
せる。そして、とりあえず一息つこうとしたところへ、またパートナーの余計な一言が降ってき
た。
「ちゃんと手洗うの忘れるなメポぉー。汚い手で触られたら病気になるメポぉー」
「う…うるさいってば!」

 パートナーのメップルを枝に残したまま、なぎさは夏服の半袖から伸ばす腕を軽快に振り、ス
カートを翻して林道の奥へ、そして、その脇から山肌に沿って伸びる荒れ果てた細い坂道を駆
け上がる。大きな弧を描いて上昇する道の行き止まり、昔に来た時と変わらぬ姿で時間が止
まっている廃屋の軒先で、乱れた息を整えた。
 ベローネ学院中等部の女子の中でも群を抜く運動能力を誇り、さらに日頃から部活動のラク
ロスで鍛えている体には、少しばかりの疾走など全く問題にはならない。なのに心拍数はどん
どん早まり、胸の奥で、心臓がバクバクと苦しげに悲鳴を上げている。
(よし…ここなら絶対……、絶対に誰も来ないよね?)
 祈るように胸のうちで呟いて、周りに視線を走らせる。低木の深い緑がうるさいぐらいに映え
る坂道は、昼間なのに鬱蒼と気味悪く、山狩り捜索でも行われていない限り、誰かが現れるよ
うには思えないのだが。
 廃屋の玄関先に鞄を置きながら、まだ迷うように、なぎさの大きな瞳が周囲を探り続ける。初
めての試合のときのように、緊張で胃が縮むような感覚に襲われていた。風が吹くたび、それ
に唱和する木々の葉擦れの音に、小動物めいた怯えが体の表面を被う。
(大丈夫。心配ないって、きっと)
 持ち前の健康的な表情を、似つかわしくない不安の色に沈ませたまま、それでも、後ろめた
い期待に急かされて、なぎさの両手がそぉ〜っと持ち上がった。
「…あ…っ」 
 服の上から触れてくる自分の手に、ふくらみ始めたばかりの胸が敏感にうずく。衣擦れの微
かな音を立てながら、揉むというよりは、優しく撫でるような仕草でまさぐり続けた。
(もう何なんだろ。何か学校にいた時から疼いてたし…家に着くまで待てないし……)
 苦笑が口元をかすめる。
(プリキュアなんかやってるせいで、ストレス溜まっちゃったのかな。アタシ、まだ中学生なの
に、結構ここんとこ苦労してるからなぁ) 
 服越しにすりすりと人差し指を動かして、胸の先でくすぐったさを躍らせながら、どっと重い溜
息をついた。
(もし、こんなのほのかに知られたら……)
 同じクラスにいる親友の顔が思い浮かんだ。自分と一緒に戦う、もう一人のプリキュア。白い
バトルコスチュームを美しくなびかせた光の使者。
(まぁ、容赦なく絶交されちゃうかな。今度こそホントにプリキュア解散……てゆーか、アタシが
ショックで舌噛んで自殺するかもねー)
 ハハハハハ…と疲れた表情に虚しく笑いを載せる。
(ほのか、こんなアタシでごめん…って、あっ…マジヤバで気持ちよくなってきちゃった……)
 誰も来ないだろうとはいえ、屋外での自慰行為である。万が一見られたら、と思う羞恥心のせ
いで、全身の感覚が敏感に高まってしまうのも無理は無い。
「はぁあ…ぁぁ……」
 吐き出す息に乗せた小さな喘ぎが、微妙な高低に揺らぐ。淫らな湿りを孕み始めた腰の下
で、太ももがもじもじと擦り合わされた。
(……って、やば。下着濡れちゃう) 
 気持ちいい事をした後に、しどけなく濡れた下着を穿いて帰るのはいただけない。いったん胸
をさわるのを止め、まさぐり上げたスカートの両脇から手を入れて下着にかける。そこでふと、
この場所まで全速疾走したために、全身がうっすらと発汗していることを思い出した。
(そーいや汗で服も濡れちゃうか……って、あっ!)
 勉強にはあまり使われないなぎさの脳に、淫らな天啓が閃く。だが、次の一瞬で頭から血が
引引いてしまう。
(…や…やばいかな? でも、こ…こんなとこまで、誰か来るなんてありえないし……)
 危ない思い付きに対して、心臓がバクバクと警鐘を鳴らす。しかし、腰の奥深くを侵蝕してくる
欲求には抵抗できない。
(だ…大丈夫…だよね?)
 今まで以上に胃がキュぅぅッと締め付けられる感触に襲われながらも、強張って震える手が、
襟元を飾るブルーのリボンを解き始めた。
(恥ずかしい〜〜〜〜っ)
 両目をぎゅっと閉じて、ひたすら手を動かす。脱ぎ終えた服は、畳んで鞄の上に積み重ねて
いく。
「お願いします神様仏様。どうか、絶対誰も来ませんように……特にほのかとかっ!」
 なぎさらしいテキトーな祈りを天に捧げたのち、発育途中の小さな乳房をガードするスポーツ
ブラを脱ぎ去って、汗ばみ始めていた上半身を外気に晒した。
(さっきよりも、なんか…気持ちいいみたい……)
 尻の丸みに沿わせながら、するりと下着を下ろして、片っ方ずつ脚を抜いていった。なぎさの
身を隠していた最後の一枚が、畳まれている服の頂点に積まれた。
(アタシ……とうとう裸になっちゃった……)
 しなやかな筋肉を纏う四肢と、スマートに引き締められたボディ、そして、第二次性徴でカタチ
が整い始めたばかりの胸や尻を屋外でさらけ出す最高の開放感。恥ずかしさで、ふらふらと倒
れそうになりながらも、その羞恥心に心地よく酔いしれた。
(ははは……、なんかアタシ、凄い事になってる。てゆーか、この激ヤバな状態でエッチなこと
するんだ……)
 虚空に投げ出した眼差しを、トロリ…と快感の色に潤ませながら、ごくっ…と喉を鳴らす。
 身に付けたものは靴とソックスのみという、他人に見られたら絶体絶命な状態。崖っぷちか
ら、足を半歩踏み出しているような状況に興奮を覚えつつ、背徳的な痴戯に身を投じていっ
た。
「はん…ぁ、あっ…あっ…」
 胸先を可愛らしく、桜の色で彩る乳輪の中央を、爪先でせわしなく幾度もなぞる。幼いながら
も感度の集中した乳首が、たちまちに、ぷく…っと硬く尖ってきた。両方の乳首を爪先で刺激し
続け、上体をよじらせながら悶え喘ぐ。
「あっ…くふっ、ん…あうッ!」 
 キュッと閉じた太ももの間を、汗とは違うものが滴っていくのが分かった。
(外でするのがこんなに感じちゃうなんて…クセになりそう…)
「はぁぁん…気持ちいいー…」
 指先で摘んだ乳首をくにくにと揉みながら、半開きの口から甘く蕩けた声を漏らした。自然と
目蓋を閉じて、体中を痺れさせるように広がる快感に意識を溶かし込んでいく。
 腰の奥で沸き上がる熱い疼きに、恥毛をうっすらと生え揃えた秘所が切なく火照ってきた。
 まだ無垢に閉じられたままの秘貝の割れ目を、なぎさの指が走り、体奥から溢れてくる蜜を
すくい上げる。水よりも粘度のあるそれは、指にねっとりと絡みつきながら、ぽたりっ…と両脚
の間に垂れ落ちていった。
「うそォ…、もうこんなに濡れちゃってるぅ…」
 淫らな媚液を潤滑油として、割れ目に沿って滑らせるように指を往復させる。縦筋をいじる指
の刺激に、上気した顔を歪ませ、声を上げて身悶えた。
「はふっ! あ゛ぁんっ、駄目…気持ちいい……っ!」
 いやらしい汗を滲ませた白い背に、木漏れる日と影がまだらに躍る。なぎさは股の間に差し
込んだ手をあさましく動かし、ただひたすらに快感を貪り続けた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ほのか、こっちミポ! メップルの生命オーラの波動を感じるミポ!」
「ホントに〜?」
 雪城ほのかは、手にしたカードコミューンへと向ける秀麗な面立ちに、そよ風のような苦笑を
乗せて小首をかしげた。その愛くるしい仕草に、バレッタで抑えられた艶やかな黒髪の流れ
が、彼女の背をさらりと撫でる。
 昨晩一緒に見たテレビの影響で、第六感にバリバリ目覚めた(気になっている)パートナーの
強引な主張で、ずいぶんと帰宅ルートを外れたところを歩かされているが、気持ちのいい日差
しの中、散歩だと思って付き合ってやっていた。のんびりと歩くたび、前髪を大きく分けるヘアピ
ンに添えられたハートのモチーフに、陽光が撥ねてキラリキラリと輝く。
「あれ? ……あれ!?」
 ミップルの第六感が示すままに林道を通りがかったほのかの視界の隅に、見慣れたものが
引っかかったのは全くの偶然だった。5、6歩通り過ぎたところで、バッと振り向いて、小走りで
戻りながら先程目に捉えたものを捜し求めた。
 見つけたのはミップルのほうが先だった。
「あ、メップルーっ!」
 カードコミューンがヌイグルミのような可愛げのある生物へと実体化して、ほのかの手から勢
いよく飛び出し、木の枝にくくり付けられた恋人の下へ駆け出した。
「ん…? ミップルメポー!」
 こちらも呼応するように実体化して地に降り立ち、「ミップルーっ!」「メップルーっ!」とぶつ
かり合うようにして、二人ラヴラヴに抱き合う。
「あれ、なぎさは? ねぇ、メップル、なぎさは?」
「あー、なぎさはお腹壊してトイレに行ったメポ。全く、ばくばく食べてばっかりいるからメポ」
 なぎさのことは自業自得メポと、それっきり関心の外へと追いやって、幸せ満喫状態で幻想
に酔う。まばゆい太陽が照るプライベートビーチを木立の中に演出しながら、天使の羽が舞い
踊るようなムードの中を走り出した。
「うふふっ、メップル〜〜、私をつかまえてみてミポ〜〜」「ハハハっ、待て待てメポ〜〜」
 二人だけの世界で、抑えきれない愛が加速していく。天使の羽なんぞ蹴散らす勢いで、二人
の駆ける速度が上がっていった。……短い足のわりに結構速い。
「ちょっと待って! トイレって何処っ!? …って、あれっ!? 二人とも何処っ!? ねえっ、
ミップル! メップル!」
 ただ一人呆然と残されたほのか。メップルがくくり付けられていた木の枝を見上げ、形の良い
眉を顰める。
(何があったの? メップルをこんなとこにくくり付けていくなんて……)
 何はともあれ、ラヴラヴなオーラをそこいらに撒き散らして消えた二人を駆け足で回収に向か
う。
「てゆーか、どこ行ったのよ…、なぎさもミップルたちも……」
 半ば諦め状態で呟きながら、林道の奥へと向かう。途中、紐を持つ飼い主よりも主導権を握
って散歩中の犬が、人懐っこく吠えて挨拶してきたが、残念ながらかまってやれる余裕は無か
った。尻尾を振ってじゃれ付いてこようするを「ごめんなさい」とステップでかわして走り続けた。
(もう、みんなどこにいるのぉ・・・)
 不安の色に揺れる眼差しが、林道の脇から山沿いに伸びている、随分と寂しげな細い坂道
を捉えた。伸びっぱなしの雑草に足元を邪魔され、人が行き交っている気配などは全くなさそう
だった。さすがにこっちはないだろうと思って通り過ぎるが、しばらく足を進めたところで、ふと
坂道のほうを振り返った。
(……第六感……?)
 とても非科学的な、単なる直感。まさか、そんなものが当たるはずないと思うが、何となく、こ
のまま無視してしまうのも気持ち悪い。
(んー、いるわけないんだけどなぁ)
 もしかしたら、ミップルと同じくらい昨夜見たテレビの影響を受けているのかもしれないと思
い、心の中で苦笑を漏らした。
 薄暗く湿った緑が、葉擦れの喧騒をざわめかす坂道を登っていく。やがて、回り込むようなカ
ーブの向こうに廃屋っぽい家が見えて、どうやらそこで行き止まりのようだ。
(…って、いるし!?)
 ほのかの目に、屋外で裸体をさらけ出して喘ぐなぎさの姿が飛び込んできた。股の上で動い
ている手つきの意味を理解するのに一秒もいらない。
 悩ましげに両目を閉じて悶えている親友の顔を凝視しながら、来たときと同じ歩幅で、そろり
そろりと滑らかに後退する。
(な、なにやってるの、なぎさ…エッチもほどほどにしなきゃ…て、あ…そうか、だからメップルを
あんなところへ置いてきたというワケね……なるほど……)
 心の中で奇妙なほど冷静に納得してから、直後、ボッと火がついたように赤面した。
(だ、だから何で外でやってんのよぉ〜〜〜っ!?)
 こっそりとUターンを決めて、葉擦れの音にまぎれながら坂道を降りていく。
(な、何も見なかったことにしよ。うん、それが一番いいわ)
 とりあえずミップルとメップルを回収して、後は何事もなかったような顔で待てばいい。
 飛び跳ねる心臓の鼓動を、胸に当てた手で押さえながら、日常への回帰を目指す。そんなほ
のかが、ちょうど坂道の半ばに差し掛かった時だった。坂道の向こうから聞き覚えのある人懐
っこい吠え声が響いてきた。
(えぇぇぇっ、来てるしぃぃぃ!?)
 寿命を縮めかねないショックの連続に翻弄されながらも、クルリと急速反転を決めてダッシュ
をかけた。
「…ぁ…ん…いぃ…」
「なぎさっ! 早く服着てっ、服っ…!」
 夢心地のまま快楽に酔い続けていたなぎさの耳に、ボリュームの押さえられた叫びが飛び込
んできた。ビクッ!と震えて、なぎさの目が大きく開けられた。
「なぎさっ、人が来てるの…! 早く服着て」
 見開かれた両目が、焦っているほのかの顔をガラス玉のように映していた。快感に溺れてい
た表情が、自失の色に漂白されていく。
(……駄目っ)
 ショック状態で凍り付いたなぎさを見て、とっさに判断したほのかは、全裸の親友の手を強く
引っ張って、廃屋の陰へと連れ込む。さらに、おっとりとした令嬢的な外見からは想像できない
俊敏な動きで、鞄ごとその上に畳まれた服を回収して、これも廃屋の陰に持ってくる。
 すぐ近くまで犬の吠え声が聞こえてきた。
「大丈夫よ、なぎさ……大丈夫だから」
 呆然と脱力し、へたり込んでしまったなぎさの姿を背に、ほのかの表情が凛と鋭くなる。服を
着ていない彼女の盾になれる位置に決然と立ち塞がり、廃屋の陰から、固唾を呑んで状況を
見守る。
 犬特有の嗅覚の鋭さで、姿を見せない相手に、無邪気に尻尾を振りながら吠え続ける犬。だ
が、さんざん吠え声を上げて呼んでも隠れたまま出てこようとしない相手に愛想が尽きたの
か、ちゃー…と玄関先にマーキングをした後、そそくさと飼い主と一緒に坂道を戻っていった。
「なぎさ……もう行っちゃったからね。安心して」
 安全を確認し終えたほのかが、へたり込んだままのなぎさに駆け寄り、その体を抱擁で包み
込んだ。頭部を抱き寄せながら、ゆっくりとショートの髪を撫でてやる。ショックで固まってしまっ
た親友の心を解きほぐそうと、いとおしくなるほど優しい手つきであやし続けた。
 やがて、凍りついていた時間が溶け始め、なぎさが体を小さく震わしながら、苦しげに嗚咽を
刻み始めた。
「なぎさ、つらいでしょ? こらえなくていいよ…、泣いちゃったほうが楽になれるから……」
 幼子のようにたどたどしく持ち上がってきた両手が、ほのかの背にすがりつく。そんななぎさ
を、ほのかはまるで姉のように、両腕に力を込めてギュッと抱きしめた。
「…ごめ…んっ…ほのか…ごめん……っ」
 なぎさは親友の肩に顔をうずめたまま、何度も何度も全身を震わしながら大きくしゃくり上
げ、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし続けた。