プリキュアオーヴァーズDX 05
第五話『猛撃』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昨日と変わらない朝が来た。樹々の緑を撫でる穏やかな風。太陽のやわらかな輝きを戴く蒼
穹。だが、その外側に拡がる宇宙の闇にて、星々の<死>が連鎖してゆく。
絶望という名の侵食は、もはや宇宙の大半を蝕んでいた。
窓の外から聞こえてくるスズメのさえずりが目覚ましとなった。大好きな人のぬくもりを感じな
がら、ひかりがゆっくりと瞼を開く。
「おはよ…」
アカネのあくびまじりの眠たげな挨拶に、ひかりがにっこりと笑顔をほころばせた。
「おはようございます、アカネさん」
清楚な響きが、ひかりの口からこぼれる。朝だけれど、もう少しこのままベッドの中にいた
い。アカネのぬくもりから離れたくない。
ひかりが手を口もとに伸ばして、唇にそっと触れた。まだアカネのくれたキスの熱さが残って
いるみたいな気がした。
「ん〜? おはようのキスがほしいとか?」
「えっ?」
ひかりが驚いている内に手が優しく押し下げられ、唇同士が一瞬だけ重なり合った。やわら
かな感触が『ちゅっ』と唇を通り過ぎてゆくような、サッパリしたキスだった。
「…………」
ひかりが残念そうに目線を伏せた。落胆の色がはっきりと表情に出ていた。あの全身が熱く
蕩けるような大人のキスで酔わされた後では、ぜんぜん物足りない。
「ハイハイ、朝っぱらからそーゆーの期待しないの」
アカネに笑いながらたしなめられてしまった。直後、その顔が再び眠そうに「ふわぁっ…」とあ
くびを洩らすのを見て、ひかりがクスクス笑う。
「昨日はいっぱい夜更かししちゃいましたからね」
「あー、うん…」
空が白み始めた頃になって多少うつらうつらしたものの、ほぼ眠っていないアカネが笑顔でご
まかす。昨晩はひかりの幸せな寝顔を見守りつつ、警戒レベルを『大』に引き上げていたの
だ。敵が来た時にスヤスヤ眠りこけていたら話にならない。
(しばらくはまともに眠れそうにもないか)
アカネが心の中で苦笑する。
「アカネさん、わたし、コーヒー入れますね」
「うん、お願い」
ひかりが上半身を起こしたのに続いて、アカネものっそりと上体を起こした。
「……あれ、ポルンとルルンは?」
机の上にタオルで拵えてやったベッドに、二人の姿は無かった。アカネが小さな家族を捜して
部屋を見渡した。
「ル〜ルっ♪ ル〜ルっ♪」
ルルンがテーブルの上をぐるぐると、長い耳を跳ねさせて飛び回る。
「ルルンっ、落ちたら危ないポポっ、だめポポ!」
ポルンが、アカネの母から授かった真っ赤な重装備で、ルルンの進路に立ち塞がる。ポルン
の両手が『シャキーンッ!』と鋭い音を鳴らした。
ポルンが思わず両目を閉じて、ジ〜ン…と今の自分の姿に陶酔する。
「カ…カッコイイポポ〜……」
その隣をちゃっかり迂回して、ルルンがテーブルの上を飛び回りつづけた。
「おっ、いたいた」
アカネが我が家の小さなダイニングルームに顔を出した。ひかりも一緒だ。二人の姿を見
て、ルルンが嬉しそうにその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。早く褒めてと言わんばかりの笑顔
だった。
「アカネっ、ひかりっ、ルルンが朝ごはん手伝ったルルッ!」
テーブルには二つの皿が並んでいた。その上には豪勢なロブスターサンドが載っている。ボ
リュームがたっぷりすぎて、ひかりだと三分の一ほど残してしまいそうだ。
「へぇ…、がんばったじゃん、ルルン」
ふとそれぞれの皿に目をやると、くねくねした読み辛い字で『アカネ』『ひかり』と書かれたメモ
用紙が敷かれてあった。ルルンの言った手伝いとは、これの事だろう。
アカネがルルンの頭を撫でてやっている隣で、ひかりがポルンの姿をてっぺんからつま先ま
で、しげしげと何度も眺め直した。
「どうしたのポルン、その姿は?」
「アカネのお母さんに作ってもらったポポ。シャキーンッ!」
再びポルンが両手を鳴らした。真っ赤な甲殻の兜に鎧、そして両手のごっついハサミ。
アカネが親指でクイッとロブスターサンドを指差し、
「こいつ(ロブスター)の殻だろ。……ていうか、それ、生臭くない?」
「ボーシューカコーしてくれたポポ」
朝から働き者の母だ。そもそも昨日は確実に冷蔵庫に入ってなかったはずのコレを、こんな
朝早くにどうやって入手したのか、謎だ。
「ビームも出るポポ」
ポルンが片手のハサミをシャコシャコ閉じたり開いたりすると、ヒュッ、と内側から輪ゴムが飛
んでいった。アカネが「こってるなぁ」と呆れた感想を洩らした。
「ポルンとルルンの朝ごはんは?」
ひかりが訊くと、「ホットケーキを焼いてもらったポポ」と答えた。二人は先に食べさせてもらっ
たらしい。
「一応、朝ごはんはアタシの担当だからなぁ。あとでおふくろに礼言っとかないと……」
壁にかけられた時計を見た。いつもよりも母の出勤が早いのは、昨日言っていた奴を狩るた
めか。
「忘れてたポポ。お母さんがアカネのために、あれを用意してくれたポポ」
ポルンが大きなハサミで食器棚の前に置かれた段ボール箱を指し示した。表面には、太い
黒マジックで『キケン!』とデカデカと殴り書きされている。
「なんだこりゃ……?」
アカネが近寄って、段ボール箱を開いた。そして中身を一本取り出す。細い筒状のモノから
短い導火線が伸びている。箱の中は、同じものがびっしり詰め込まれていた。
「………………」
まるでダイナマイトみたいだなー、と心の中で棒読みの感想を吐きつつ、それを元に戻した。
何も見なかったことにする。記憶を消去。
ひかりがコーヒーのためのお湯を沸かし始めた時、空気が変質した。言葉では言い表せない
感覚が、四人の神経を逆撫でした。世界が反転し、目に映る全てのものがモノクロームに色あ
せてゆく。
「来たポポ!」
「くそっ、朝ごはん食べる暇もないなっ。行くよ、ひかり!」
ひかりが「はいっ」とガスの火を止めて、走り出したアカネに続く。ポルンとルルンがちょこちょ
こと意外に素早いダッシュであとを追う。
「クッ…!」
玄関を抜けた所で、アカネの髪が爆風になぶられた。短い間隔を置いて、耳をつんざく爆発
音が何度も聞こえてくる。
「ルルンっ! レインボーコンパクトに変身するポポ!」
声質は幼くとも、ポルンの呼びかけは力強かった。ルルンも迷わずうなずき返す。二人がレ
インボーコンパクトに形態変化し、軽やかに宙を舞う。
『レインボーフィールド!!』
七色の光の奔流が、アカネとひかりの周囲にハート型の虹を描く。レインボーコンパクトをキ
ャッチした二人が、パカッと蓋を開き、七種七色の宝石を優しく撫でる。
フワッ、と全ての宝石が明滅してアイドリング状態に移行。蓋が閉じられると同時に、蓋上の
レンズが輝きを放った。
アカネとひかりの視線が強く交わる。そして、手にしたレインボーコンパクトのレンズから伸び
る輝線を重ね、リンクさせる。
「「プリキュア・ライジングストリームッッ!!」」
まばゆく上昇してゆく光の螺旋が、二人の身体を包み込む。神霊の息吹が全身に満ちてゆく
力強い感触。そして、ふわり…と聖なる光が戦闘衣として定着する。
清廉なるシルバーホワイトと、やわらかなパールピンクの立ち姿。
キュアグリントとキュアルミナスが再び視線を重ねて、うなずきあった。
「よっし、チャッチャと終わらせて、朝ごはんにするかっ」
不吉な黒い姿が群れとなって、街の空を蹂躙していた。低空で飛び回りながら、無人化した
家屋に空対地ミサイルを叩き込み、紅蓮に爆破炎上させる。
それらは、まるで軍用ヘリをベースに、スズメバチを掛け合わせたような凶暴な外観。コック
ピットを覆うキャノピーは、凶々しい赤に輝く複眼になっていた。
胴体上部から伸びる四枚のガラス繊維の翅が振動し、揚力を得ると同時に『ブーーーン』と
耳障りな騒音を発していた。
胴体から後ろへしなやかに伸びたテールブームの先では、必要の無いテールローターが高
速回転している。回転が速すぎて見えないが、そのローターの四枚のブレードは、鋭利な鎌で
ある。自動車程度なら触れた瞬間、切り刻まれてスクラップだ。
胴体の両横に張り出したスタブ・ウイングには四連装のミサイルランチャーとロケット弾ポッド
が装備され、重戦車をも駆逐できる火力を有している。
アゴ先には、単砲身の30ミリチェインガン。装甲戦闘車両をズタズタに破壊できる威力は申
し分ない。
<死>の絶望神ネクロデウスに仕える走狗・ヴォイドナーの黒い軍勢。その内の一機が突
如、本能的な危機を感じて回避行動を取ろうとした。
……が、その上に『ドンッッ!』と上空から降ってきたキュアグリントが着地する。
「さーって、暴れるとするか!」
キュアグリントが右ひざを高々と持ち上げた。
「ていっっ!!」
暴虐なパワーで踏み下ろされた右足が、ヴォイドナーの背を踏み砕いて貫通。機体が平仮
名の『く』を左回りに倒したような形にひしゃげ、断末魔の炎を吐き爆発。
そのヴォイドナーが落ちるのを待たず、キュアグリントが次なる標的へ向かって大きく跳ぶ。
「どりゃああああっっ!!」
キュアグリントの槍みたいな飛び蹴りが、ヴォイドナーを真正面から貫いた。艦砲射撃の直撃
弾並みの威力だった。精巧な火器管制小脳も心臓部であるターボシャフト・エンジンも一瞬で
消し飛ぶ。
トパーズバレットで得た巨人の怪力。これを前に、ヴォイドナーの装甲はあまりにも薄すぎ
た。
H(ホーピッシュ)チェンバー発動。鏡のように磨き上げられた表面を、澄んだエメラルドの光
が流れた。距離を取りつつ攻撃編成を整えるヴォイドナーの群れへ、エメラルドバレットで巻き
起こした暴風を蹴って肉薄するキュアグリント。
ヴォイドナーの機体に拳がめり込み、蹴りがぶち込まれる。キュアグリントの唇が肉食獣の
微笑に歪み、鋭い犬歯が覗いた。
「ケンカ売るってンなら、とことん買ってやろうじゃない!」
退避しようと上昇しかけたヴォイドナーを、鬼のごとき握力が掴み寄せた。キュアグリントがそ
の機体を担ぐように両肩に乗せ、装甲に両手の指をメリメリと食い込ませた。
「 ――― ぬおりゃッッ!!」
そして気合と共に、機体をアルゼンチンバックブリーカーで豪快にへし折る!
ヴォイドナーの残骸を投げ捨て、エメラルドバレット再装填。疾風の翼を得て飛翔するキュア
グリントが、ヴォイドナーの横っ面に飛び膝蹴りをかました。『ドゴッ!』と装甲が大きく陥没し
て、機体内部が粉砕される。
邀撃(ようげき)の暇さえ与えない猛攻。
空を制する機動火力を、キュアグリントの暴力が一方的にねじ伏せていた。
無論、反撃を試みるヴォイドナーもいた。
とまらぬ勢いで僚機を撃墜してゆくキュアグリントから大きく距離を取り、機首を向ける。そし
て、両脇のロケット弾ポッドが火を噴こうとした瞬間、
――― その鉄製のボディを、超高密度の光子の徹甲矢が音速を超えてぶち抜いた。聖性を
帯びた輝きが衝撃となって機体内部に吹き荒れる。瞬時にヴォイドナーの全感覚がブラックア
ウト。二度と覚める事のない沈黙に包まれて墜落。
キュアルミナスの狙撃型神聖光撃。一機目を撃ち抜いた後、スピードを減衰させることなく、
射線上の先にいたもう一機も貫通して撃破。
直後、水面で魚が跳ねるように『ヒュンッ』と輝きが跳ね、攻撃角度を変える。
セイクリッドアローの射線上から大きく逸れて位置していたヴォイドナーが撃ち抜かれる。光
子の徹甲矢が再び『ヒュンッ』と跳ね、攻撃角度を変更、さらに別方向にいた一機を破壊。
計四機撃墜。
地上に立つキュアルミナスのもとへ、セイクリッドアローが空気を切り裂きつつ帰還した。そし
て、軽くかかげた右手首の周囲軌道で、黄金のリングに戻った。
自律追尾攻撃を可能にした殲滅仕様。
キュアルミナスの強い意志がもたらした、セイクリッドアローの進化のカタチ。
「グリントへの攻撃は、わたしがさせない」
可憐な面立ちを決意の凛々しさで彩り、キュアルミナスが静かに宣言する。その勇姿へ、空
中から30ミリチェインガンの猛射が襲いかかる。
しかし、その攻撃はキュアルミナスに届かない。射線上に展開された光の楯 ――― セイント
シールド。昨日よりも数倍大きく、部屋の壁サイズにまで進化した楯が、降りそそぐ火箭の雨を
完全に遮断する。
それはたった一秒間の防御。その間に、キュアルミナスが迎撃態勢を整えていた。
楯を目隠しにして、ダンッ!と大地を蹴り、短い距離を駆けた。その加速を殺さず、飛び込む
みたいな前転移動でヴォイドナーの攻撃射線から大きく外れる。
――― 倒しますっ! あなたをっ!
器用に身体をひねって向きを変えながら、しゃがんだまま爪先立ちでブレーキ。ザザッ!とア
スファルトの上を軽く滑って止まった。その低い姿勢で、敵の機影を斜め下から見上げる。
即座にセイントシールド解除 ――― シャイニーリングとして右手首へ帰還すると同時に照準
完了。ヴォイドナーの反応は間に合わない。
次の瞬間、キュアルミナスの右腕から放たれた一筋の閃光が、ヴォイドナーを死角的な位置
から貫いていた。
さらに光子の徹甲矢は機体内部で跳ね、直角に曲がり、側面から飛び出して、次なる敵を奇
襲。不意を突かれたヴォイドナーは、何が起こったかも解らぬまま撃ち貫かれて、全感覚をブ
ラックアウト。
二機目も瞬殺したセイクリッドアローが超高速でジグザグに空を駆けて、次々にヴォイドナー
を撃ち落してゆく。
「やるじゃないっ、ルミナスっ!」
最後の一機となったヴォイドナーの背にまたがって、マウントポジションの体勢でボコボコにし
ばき回していたキュアグリントが喝采の声を上げた。
――― と、その視界の端に、空の彼方から何かが飛来するのを捉えた。距離が有りすぎて
黒い点にしか見えないが、だいたいの見当はつく。
(ふ〜ん、こいつらの援軍ってワケ?)
素早く鉄拳を打ち込んでヴォイドナーにトドメを刺し、キュアグリントがその背に立ち上がっ
た。
音速を上回るスピードで空を駆けて接近してくる物体は三つ。減速する気は全く無さそうだ。
攻撃はまだしてこないが、肌がビリビリするほどの敵意は伝わってくる。
目的は明白だった。プリキュアの撃滅。
「上等」
落下するヴォイドナーの上に仁王立ちになっていたキュアグリントが、その背を蹴って空に舞
う。そして自由落下状態でHチェンバー発動。カチリ、という装填音に続いて、カッと閃く紫電の
光。
真ん中の奴に狙いをつける。
「まずは一つ……落ちろっっ!!」
モノクロームの空がまばゆく染まった。強烈な雷の光砲が一直線に駆け抜け、遥か遠方を狙
い打つ。見事命中。光が弾け、少し遅れて落雷のごとき『ドォォーン!』という轟音が空に響い
た。
だが、その直撃をものともせず、敵はなおも飛翔スピードを緩めず突っ込んでくる。
(マジでっ!? 戦車でも飛んできてンのっ?)
地上に降り立ったキュアグリントが舌を巻いた。敵は、昨日のヴォイドナーと同じぐらいの頑
丈さか。それが同時に三つも。
(バットで元来た方向に打ち返そうかな…?)
それが出来れば問題ないのだが。
相手は高速航行中のため、頭部と両腕をずんぐり分厚い胴体へ半ば格納しており、現在は
鋼作りの砲弾と化している。しかし、これはあくまで巨体の陸戦兵器だ。
平たい八角形の頭部は、密閉砲塔型。武装は四連装の23ミリ対空機関砲。細く縦に切りこ
まれた左右の銃眼から、二基ずつ上下に並べられた砲身が伸びていた。
一基につき毎分1000発、計4000発の火力を一点に収束させるのだから恐ろしい。
そして、ぶっとい両腕は、ヒジから先がガンポッドになっている。口径25ミリの砲身を4本束
ねたガトリング式機関砲が三基、逆三角を描くカタチで内蔵されていた。
こちらは一基につき毎分3000発、それが三基内蔵されているのだから毎分9000発。さらに両
腕合わせれば合計18000発という、とんでもない数字になる。
弾薬は全てウラン弾。貫徹力を高め、焼夷効果も発揮する物騒な代物だ。ヴォイド相転移に
よる無限補給で弾切れも無く、砲身過熱のほとんどを物理境界面の向こう側へ放熱することに
よって、ほぼ無制限の射撃継続能力を得ている。
戦端を切れば、驚異的な弾幕の嵐が攻撃方向に吹き荒れる。いくらプリキュアとて正面から
立ち向かうのは無謀の極みだ。
重機のように厳(いか)めしいボディ。前面の装甲厚みは実に一メートルを超えている。脚部
がキャタピラとなっているため重心も低く、この全重量60トン近い鋼鉄の塊は、まさに動くトー
チカと言えよう。背部のほぼ全面が、ササユリの花弁のような鋼鉄の装甲フィンに守られた巨
大ロケットブースターであり、その馬鹿げた大出力は、俗に「音速の壁」と呼ばれる強烈な空気
抵抗をぶち抜けるほどだ。
空を巡航ミサイルのごとく翔けてくる怪物を、キュアグリントが地上から睨みつけた。
「念のため、ルミナスは下がってて!」
保護者の口調で有無を言わせない。
迎撃のチャンスはまだある。だらり、と体の横に垂らしていた右手が、ピストルの形を作って
いた。エースのジョーみたいな渋い科白(セリフ)を決めたい所だが、何も思いつかない。
(帰ったら、おふくろの秘蔵の日活ビデオで勉強しとこう)
せめて決斗のムードを盛り上げるために、軽く口笛を吹いてみせた。
Hチェンバーの流麗な表面に、紫電の光の閃いた。 ―― そして電光石火の抜き打ち!
まともに狙いもつけず、けれど標的を絶対に外さない。全国のテキ屋から"射的の女阿修羅"
と畏怖された母親のDNAは、その身体にしっかりと受け継がれている。
特攻形態で高速飛翔するヴォイドナーの巨体に雷光がぶち当たる。一撃二撃三撃四撃五撃
六撃七撃八撃…………。アメジストバレットを狂ったようにリロードリロードリロード……。一撃
必殺が無理なら、百撃必殺でもかまわない。先程落とし損ねた一機に狙いを絞って、キュアグ
リントの指鉄砲が怒涛の早撃ちを繰り返す。
「さすがにこれなら……どうだァッッ!」
蜂の巣にせんばかりの勢いで電撃の集中打を浴びせ続けた結果、その一機の飛翔速度
が、他の二機に比べて明らかに落ちてきた。
落雷めいた轟音が激しく鳴り響く中、鋼鉄の厚鎧は高温の電熱に焼かれ、内部の重要機関
各所も真っ赤に灼熱している。
なおも巨体に突き刺さってくる電光に、ヴォイドナーは沈黙を続ける。その精神は数秒前に焼
き尽くされており、もはやこの特攻は、意志のない慣性運動にすぎない。赤熱した鋼鉄の残骸
の背からは爆発的な推進力が失われ、墜落の下降線を描き始めていた。
だが、残りの二機のロケットブースターはさらに激しく炎を噴き、急激に高度を下げながら猛
加速してきた。撃ち落とすには時間が足りない。
『ヴォイドナアアアァァァ ――― ッッ!!』
重装甲と超重量を武器にした肉弾特攻。
敵との距離は目測で2kmを切った。キュアグリントがトパーズバレットを装填。<大地の氣>
を全身に行き渡らせ、超人のパワーを得る。
「ルミナスっ、もっと下がって!!」
愛する少女にきつく避難をうながしつつも、彼女自身に逃げたり避けたりする気配はない。ガ
チンコ勝負上等の気性なのだ。
空気を引き裂く爆音と共に、音速突破時に生じるソニックブーム(衝撃波)で街の建造物を全
壊させながら敵が迫る。
「さあ、来い!」
キュアグリントが腰を落として身構えた。次の瞬間、音速を超えて飛来した超重量機体のボ
ディと真っ向から激突。<大地の氣>で強化された身体でさえバラバラに吹き飛びそうな衝撃
に、キュアグリントが歯を食いしばる。
ぶつかった瞬間、両手の指が鋼の装甲にめり込むほど強くヴォイドナーの身体を掴んだので
精一杯だった。超重量機体の凄まじいぶちかましに抗しきれない。
(ぐううううっっ!!)
意識が飛ばされそうになる。しかし、根性でエメラルドバレットを超速三重装填という荒技。巨
大な暴風の津波で自分ごとヴォイドナーを呑み込み、その強烈な突進力を大幅に減衰させ
る。
それでも深くめり込んだ足先でアスファルトを削りながら、何軒もの家や建物を背中でぶち抜
いて後退させられた距離は百メートルを下らない。キュアグリントとヴォイドナーの進行方向に
沿って、瓦礫が紙吹雪みたいに空へと吹き上がった。
そのすぐ隣を、滑るようにランディングした鋼鉄の流星が駆け抜けてゆく。眼前の建造物全て
を紙切れのように次々と爆砕して、先行した一機と同じく瓦礫を空へ派手に吹き上げた。
キュアグリントと僚機を大きく追い越しつつも『ガガガガガガガ!!』と猛速でキャタピラを逆
回転させブレーキ。数百メートルに達する無残な走破の爪跡を地上に刻んで停止、その巨体
を反転させる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「グリントっっ!!」
全ては一瞬だった。ソニックブームを近距離から叩きつけられたキュアルミナスの軽い身体
が吹き飛んでアスファルトの道路を転がるのも、街並みが巨大ハリケーンの直撃を受けたか
のごとく無残に破壊されるのも。
「…くっ!」
道路に両手をつき、起き上がるのももどかしくキュアグリントの行方を追った。首を巡らせ、
背中越しに視線を送る。しかし、もうもうと粉塵が厚く立ち込めていて、その向こうが見えない。
キュアルミナスの表情に焦りが生まれる。しかし、キュアグリントのもとへ駆けつけることは出
来なかった。
『ヴォイドナっ、ヴォイドナっ、ヴォイドナっ、ヴォイドナっ…………』
曲がり角の向こうから聞こえてくる、統制の取れた唱和と、カッションカッション…と響き渡る
無数の金属的な駆け足音。そちらへキュアルミナスが振り向き直ったのと同時に、無人となっ
た店舗の陰からヴォイドナーの機械化機動小隊が姿を現した。
ほっそりとした金属製の三脚架は、文字通り、彼らの『脚』だった。関節部の簡易なアクチュ
エータで人間の歩行・走行を模している。
それぞれの銃架に据えられているのは、口径の異なる各種の汎用マシンガンから対物ライフ
ル、さらにはオートマチック・グレネードランチャーや対戦車ミサイル砲までも。多彩にして物騒
な顔揃えだった。
銃器本体部分と脚部(三脚架)のみというシンプルな作りのヴォイドナー。小隊構成数は20
機。その半数をマシンガンタイプのヴォイドナーが占めている。
『ヴォヴォッ!』
標的発見。
ヴォイドナーの機械化機動小隊が素早く隊伍を組む。先陣が膝射姿勢を取り、後陣は立射
で構え、一斉に狙いをつける。
こんな見通しの良い開けた道路上で、両手の指の数より多い銃口を向けられる威圧感に、
キュアルミナスが「ひっ!」と短い悲鳴を洩らした。
反射的に、右腕を振るった。前方にセイントシールドを高速展開。聖性を帯びた光子の楯が
鉄壁の守護を築くとほぼ同時に、その表面へ篠突く雨の如く火箭が飛び散った。
軽快に踊り狂う機銃の炸裂音をBGMに背を向けて、キュアルミナスが手近な建物の陰に飛
びこんだ。そしてセイクリッドシールド解除 ――― と、ほぼ同時にセイクリッドアロー発射準備
完了。
狙いを定める必要はない。ヴォイドナー小隊の銃火と交差するように撃ち放たれた光子の徹
甲矢は『ヒュンッ』と跳ねて針路変更。20機全てのヴォイドナーを殲滅して帰還するまで数秒と
かからなかった。
(早くグリントのところへ!)
ダッ、と駆け出したキュアルミナスの ――― 一瞬前までその頭部があった位置を、強烈な何
かがぶち抜いた。
「 ――― えっ?」
金色の髪をかすめた衝撃が建物の壁にゴルフボール大の弾痕を穿つも、それを確認する余
裕などない。危ないと感じた瞬間にはもう、自然と身を投げ出すように転がっていた。そして即
座に自分を狙う射線をセイントシールドで塞ぐ。
今度はそこに、対戦車ミサイルの爆炎が轟音を響かせて荒れ狂った。続けて飛んできた第
二弾が建物を直撃して、紅蓮の猛火を盛大にぶちまけつつ木っ端微塵に吹っ飛ばしてしまう。
「くぅっ!」
キュアルミナスが両目をギュッと閉じて、必死で道路に伏せた。鼓膜をつんざく爆音が彼女の
心をくじきそうになる。そこへ追い打ちがきた。機関銃掃射の軽快な響きが、無数の火花を散
らしてアスファルトを舐め始めた。
キュアルミナスが可憐な顔を引きつらせて、泣きそうな声で悲鳴を上げる。
「ひいいっ、ちょ…ちょっと待ってくださぁぁぁ〜〜い……!」
その悲鳴に少し遅れて、セイントシールドが敵側の攻撃目標になっていることに気付き、あた
ふたと腹ばいで移動して離れる。
炎に炙られている瓦礫の陰に身をひそめ、すぐさま状況を整理。
先程の部隊以外にも敵戦力がいたのか、それとも新たに湧き出てきたのかは知らないが、
この一帯はもはや、その火力によって制圧を受けている。
(だったら ――― )
楯一枚の防御など完全に無意味。さらなる火力の集中を受ける前に、セイントシールドを解
除して、狙撃型神聖光撃に移行。まずはセイクリッドアローで周囲の敵をなぎ払う。
( ――― 行くしかありませんっ!)
視界の端に捉えたマンホールの鉄蓋を撃ち、跳ね飛ばした。そして、低姿勢でダッシュ。
遠く離れた建物の屋上に陣取っていた狙撃手が、スコープの眼で彼女の姿を捕捉する。ほ
ぼ同時に、銃口が轟音と共に火を吹く。
対物(アンチ・マテリアル)ライフル ――― 防弾を施された車両をもぶち抜く大口径の銃撃
は、人体程度の柔らかい物体ならば文字通り『破壊』しながら貫通する。もはや小さな砲撃と言
って良い高威力の一撃が、キュアルミナスの華奢な身体に牙を突き立てようとした。
けれど必中の弾道を刻んだ弾丸は、キュアルミナスの身体に触れること叶わず、美しい煌き
に撃ち貫かれて散った。セイクリッドアローによる高速の自律迎撃。
殴ってくる拳を、逆にぶん殴ってやれ ――― そのキュアルミナスの思考は、彼女が愛しく想
う相手の影響を、あまりにも色濃く受けていた。
光子の徹甲矢が信頼のおける番犬となってくれたおかげで、目的地であるマンホールに到
達。躊躇なく、その中に身を躍らせる。
「負けられないので……勝たせてもらいます!」
キュアルミナスが宣言しながら、派手に汚水を跳ね散らして下水道を駆ける!
右腕に据えたセイクリッドアローが自律追尾を開始。発射後、『ヒュンッ』と方向転換、キュア
ルミナスの移動とは反対方向へ翔ける。
一時的な番犬を務め終えたセイクリッドアローは、再び猟犬の性(さが)を取り戻した。別のマ
ンホールから鉄蓋を貫いて地上へ飛び出した光子の徹甲矢は、まず二機のヴォイドナーを不
意打ちで撃破、輝きを跳ねさせて三機目に食らいつく。
まともに地上戦を挑んでは、全方位から来る敵の火力に対処しきれない。だからこその、こ
の策だった。キュアルミナスが下水道という地下塹壕を駆け回って自身の位置をかく乱しつ
つ、神出鬼没の自律追尾攻撃によって、地上の敵戦力を掃討する。
(なんだかわたし、逃げまわってばかりでスミマセンっ……)
聖性を減衰させて帰還したセイクリッドアローが、キュアルミナスの右手首を元のリング形態
で緩やかに旋回。輝きを取り戻すやいなや、また高速で狩りの場に舞い戻っていった。それを
見送るキュアルミナスが申し訳なさそうに眉尻を下げた時だった。
『ドオオオ……ォォォンンッッッ!!!』
前方と後方で ――― 否、マンホールの各所で、下水道全体を震わすほどの凄まじい爆音
が鳴り響いた。対戦車ミサイルの成形炸薬弾頭の直撃を受けた鉄蓋が熔解しながら吹っ飛
び、縦穴を貫いた灼熱の火炎が、下水道に叩きつけられる。
「 ――― ッ!」
視界を毒々しいオレンジ色で埋め尽くされ、思わず両腕を交差させて顔面をかばう。対戦車
ミサイルによるモグラ叩きは運よく直撃しなかった。……が、高熱の爆風はもろに食らってしま
う。
全身を炙る熱と、骨の髄まで砕けそうな衝撃波の洗礼。それでもキュアルミナスは倒れなか
った。しっかりと意識を保ったまま立ち続ける。
吹き荒れるコンクリートの粉塵が、彼女の姿を覆い隠した。
(ここからが……本番!)
麻痺しかけた聴覚が『カッション…カッション…』と響く金属の足音を捉えた。弱腰になりそうな
気持ちを、キュアグリントの顔を思い浮かべて奮い立たせる。
ヴォイドナーの機械化部隊が、セイクリッドアローに蹂躙されながらも最終攻勢に打って出た
らしい。あちこちのマンホールから、索敵攻撃を目的としたヴォイドナーが次々と飛び降りてき
ていた。
セイクリッドアローの帰還は間(ま)に合わない。
――― 白兵戦は避けられそうにないと感じたキュアルミナスが、両手のコブシを強く握った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
薄れてゆく粉塵の幕に、ヴォイドナーの重壮な巨体が浮かび上がる。半格納状態にあった頭
部と両腕がせり出して、特攻形態から陸戦形態へと移行。
(やばっ……)
キュアグリントが、途切れかけた意識を奮い立たせる。……が、全身の反応がニブイ。倒れ
伏した身体に、ぶっとい鋼作りの腕が影を落とした。
最大加速で突っ込んできた超重機体との激突ダメージに加え、暴風津波による追加ダメー
ジ。プリキュアといえども、さすがに無事では済まなかったようだ。
(くそっ、身体が……)
まだ力が入らない。ヒジをつき、ようやく半身だけを起こした。そして、目の前に悠然と座す鋼
鉄の要塞を地面から見上げた。敵を射る眼光も、ずいぶんと弱まっていた。
状況は最悪。
突きつけられた右の鉄腕、ガンポッドに内蔵された三基のガトリング砲による斉射が始まろう
としていた。怒涛に撃ち浴びせられるウラン弾の猛射に対し、プリキュアの防御力がどこまで
有効か、試したいとも思わない。
絶体絶命。もはや一秒の猶予もなかった。脳裏を走馬灯が駆け巡る余裕すらない状態で、
たったひとつだけ、キュアグリントが思い浮かべてしまったものがあった。
『ヴォイドナァァァッッ!!』
ヴォイドナーの右腕から怒涛の火箭がほとばしった。人体を挽肉(ミンチ)にするどころか、骨
も肉も跡形も残さず、猛射の嵐で地面ごと吹き飛ばしてしまう。
砲口の眼前に横たわっていたキュアグリントの姿が、一瞬の内に消えた。
――― メ゛キッ!!
ヴォイドナーの頭部、平たい八角形の砲塔に、ひざ蹴りが深く突き刺さった。四連装の対空
機関砲が破壊される。
双眸に宿るは、鷹のように鋭く険しい視線。キュアグリントの表情を彩るのは、研ぎ澄まされ
た戦士の凛々しさ。狐色の後ろ髪一筋を空になびかせての強襲。
戦闘不能寸前だった彼女の全身を沸き立たせているのは、憎悪にも似た苛立ち。
軽く頭を振って、思い浮かべてしまったものを振り払う。
――― あんにゃろの顔なんざ、思い出したくもないってーのっ!!
幼い頃に見上げた母親の横顔。アカネの小さな手を宝物のように握りながら、娘のペースに
あわせてゆっくり歩く。母の気を引くためにアカネが繋がった手をブンブン振ると、「んっ…?」
と視線を下げ、優しい微笑みをくれた。
ひざをヴォイドナーの頭部から引き抜き、もう一方の脚で大破した砲塔を蹴って、背後に飛ん
だ。
まだ全身が鈍痛に悲鳴を上げている。けれども、キュアグリントは加速する事を選んだ。
(こんな所で止まってられるかッッ!!)
トパーズバレットを一気に五重装填。地髄子の干渉によって沸騰した"龍脈"が<大地の氣
>の流れを噴火させた。そして、その全てがキュアグリントの身体へ叩き込まれる。
「 ――― ッッ!!」
限界を超えた強化を行う肉体。全細胞が超負荷で自壊しそうになる。彼女の身体を小さなコ
ップに例えるならば、流し込まれた<大地の氣>の量はバケツ一杯分だ。
(ぐぅっ…、けどっ、おふくろなら……この程度でまいったりしない……!!)
母親譲りの根性に火がついた。
キュアグリント ――― アクセル全開。超人の領域を突破した、瞬間移動に近いスピードでヴ
ォドナーへと肉薄。
「でやあああっっ!!」
右脚がしなやかな弧を描いて、雷速の回し蹴りをヴォイドナーのボディに食らわせた。
『 ―― ヴォッ!!?』
まさか、約60トンの鋼鉄の塊が真横に吹き飛ぶとは!
追撃を仕掛けようとしたキュアグリントの動きを、高速徹甲弾の援護が割って入り阻止する。
(もう一機いたっけ!)
その援護弾幕は、僚機のヴォイドナーを遠慮なく巻き込んだ。装甲に無数の弾痕が穿たれ、
ウラン弾の特性で炎上する。だが、それは全くダメージになっていないようだ。頑丈すぎる。
頭部を潰され、炎に包まれ、それでもキュアグリントとの戦闘を続行する。両腕のガンポッド
が咆哮を上げて、猛射撃を開始した。
手堅く弾量で押してくる二機の敵に、キュアグリントが攻めあぐむ。
「クッ…、さっきから馬鹿みたいにバンバン撃ちまくって……、そんなに景気いいの、アンタ
ら!? このブルジョアめーっ!」
瓦礫の原と化してしまった街を、二機のヴォイドナーが火力で蹂躙していた。めまぐるしく踊る
死の射線を、キュアグリントが超脚力にモノを言わせて回避する。
「こんな所で足止め食らってる場合じゃないってーの! さっさと片付けて、ルミナスを迎えに行
ってあげないと。朝ごはんもまだなんだから!」
シトリンバレット装填。右手に太陽のまばゆい光が宿る。
光輝子 ――― エネルギーが結晶化した、光り輝く素粒子。それが持つエネルギー値が高い
ほどに、その輝きは増す。
キュアグリントが撃ち放った輝きは、彗星のように尾を引きながらヴォイドナーの厚い装甲に
着弾。エネルギーが全解放され、衝撃音と共に輝きが大きく爆(は)ぜる。
『ヴォイドナッ!?』
爆弾をぶつけられたような衝撃に鋼の巨体が揺らぎ、機関砲がぶちまける射弾の雨を一瞬
だけ止ませた。しかし、その隙を埋めるように、もう一機からの猛射が襲いかかってくる。
「くそっ!」
長く流れる狐色の髪の先を、ウラン弾がかすめた。
さすがに二機同時の相手はつらい。光輝子の炸弾を食らったヴォイドナーも、すぐに立ち直
って反撃してくる。左右の腕 ――― ガンポッドに内蔵されたガトリング機関砲が猛烈なうなり
を上げ、徹甲の弾雨でキュアグリントを薙ぎ払おうとする。
鋼鉄の重兵器に生半可な攻撃は通用しない。
(だったら近づいて……思いっきりぶん殴る!)
Hチェンバーに再び宿る太陽の輝き。キュアグリントの右腕からほとばしった幾つもの光弾
は、ヴォイドナーにではなく、路上に炸裂した。
激しい閃光が同時に弾け、大音響を轟かせた。キュアグリントの姿と気配を打ち消すため
の、派手な目くらまし。
『ヴォイドナァァァァッッ!!』
彼女の意図を瞬時に読んだ二機が、即座に総火力を叩きつけてくる。機関砲射撃が暴虐に
牙をむいて、ウラン弾の吹き荒れる死の領域を生み出す。
しかし、その攻撃は瓦礫を砕いて、粉塵を巻き上げただけにすぎない。キュアグリントは、死
神の振るう鎌に残像すら掠(かす)らせない速度で、二機の射線から外れていた。
キュアグリントは瞬時に回避から奇襲へと転じる。ヴォイドナーたちは反応できない。
先に目指すは斜め前方 ――― 頭部の潰れた奴だ。キュアグリントが前傾姿勢で飛翔する
ように加速。その動きは、居合いで抜き放たれた刃にも似ていた。
(もう少しだけ待ってて、ルミナス。コイツらまとめて ――― 五秒で潰す!)
ダンッ!と大地を蹴って、ヴォイドナーの胸部めがけて飛び込む。
やるべき事は、力任せにぶん殴る、ただそれだけだった。闘争に駆られた暴君竜のごとき
「オオオオオッッッ!!!」という咆哮がキュアグリントの喉を震わせた。
雷光に匹敵する超高速で撃ち放たれた右腕。すでにHチェンバーの表面が炎の輝きに包ま
れていた。ルビーバレットの瞬間四重装填。ヴォイドナーの装甲を灼熱の徹甲拳が打つ。
『ヴォッ ―― !?』
鋼の巨体が衝撃に揺らぐ。
鋼鉄の耐久性を遥かに凌ぐ熱量を付与された烈火の一撃は、紅蓮の杭と化してヴォイドナ
ーを刺し貫いた。
頑丈な厚鎧に守られた体内を荒れ狂う超高熱の洗礼。重要機関部を焼き尽くした猛火が、
『ゴオッ!』とうなりを上げて背部の推進機関部から体外へと吹き抜ける。
ヴォイドナーには、断末魔の悲鳴を上げる事さえ許されなかった。
ロケットブースターと化した背部全面が盛大に吹き飛んで、溶融した鉄片の混じった爆発炎
を撒き散らした。身体正面を守る極厚の装甲も、もはや棺桶の蓋にすぎない。
まずは瞬殺。残り四秒。
『ヴォイドナァァッ!!』
残り一機となったヴォイドナーがようやく気付いて、勝負を決せんと、狂ったように火力全開。
火箭の猛津波でキュグリントを呑み込まんとする。
しかし遅い。もう一機の反撃を予期していたキュアグリントが、鋼鉄の残骸を思いきり蹴って、
鮮やかな宙返りで空を舞う。そのすぐ真下を、数十メートル先から水平に降り注いだウラン弾
の集中豪雨が通り過ぎた。
「お返しィィッ!」
まだ宙返りの途中 ――― 身体が天地逆さの状態で、Hチェンバーの表面にまばゆいサンラ
イトイエローの光を灯した。直後、ヴォイドナーの装甲表面に『ドドドドッッ!!』と無数の輝きが
弾ける。光輝子炸弾の連続衝撃に打ち据えられ、射撃の雨が一瞬だけ途切れた。
残り三秒。
着地と同時に、キュアグリントが右拳を大地に叩きつけた。Hチェンバーの表面をなぞるの
は、輝き溢れるブルーの光。多重高速装填されるアクアマリンバレット。水相子の波動は瞬時
に凝縮、水分子を模した結晶体を爆発的生成。ヴォイドナー直下の地盤を砕いて膨大な量の
『水』が噴き出す。
『 ――― ッッ!!』
キュアグリントによる人工の局地洪水。足場を軟らかに崩された約60トンの巨体が、派手な
泥しぶきを上げて大きく傾いだ。後ろへ倒れこむように上体を泳がせる。
予測外の状況変化にヴォイドナーは対応できない。致命的な隙だった。
(あとニ秒 ――― 決めてやるッッ!)
キュアグリントが意識を集中させて、要塞破壊用の必殺攻撃を紡ぐ。アメジストバレットの多
重高速装填。その力を一気に解き放つ。
高く天を指す右腕。Hチェンバーの表面から発せられた紫電の烈光が、モノクロームの世界
をまぶしく染めた。
神話にて、雷を操る神の如く ――― 。
真っ直ぐ振り下ろされた右腕が、ヴォイドナーへの神罰を宣告した。空気をプラズマ化させな
がら、凄まじい数の雷撃がその巨体へと殺到する。
まさに天災地変クラスの威力。巨大な雷光の柱が、天を衝くように吹き上がった。直撃を受
けたヴォイドナーの周囲全てが吹き飛び、局地的に地形が変わってしまう。
雷鳴の轟きが世界を揺るがした時には、鋼鉄の陸戦兵器だったモノは、完全に灼(や)き尽く
されていた。
「ふぅ、だいたい五秒か……」
キュアグリントが白煙を立ち昇らせる残骸に背を向けて、キュアルミナスのもとへと急ぐ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街のあちこちから黒煙が立ち昇っていた。
マンホールの鉄蓋が、ガタッ、と動き、おそるおそる白い手が這い出てくる。
ゆっくりと鉄蓋が持ち上がり、キュアルミナスが可憐な面立ちを上半分だけ覗かせてキョロキ
ョロと辺りを窺う。
セイクリッドアローの自律追尾機能を使って、もう敵の反応が残っていないことは確認したも
のの、激しい銃声や爆音が鼓膜にこびりついて、少女の心を完全に萎縮させていた。
「だ、大丈夫ですよね?」
右手のシャイニーリングに語りかけてから、思いきって頭を上げてみた。『ゴンッ!』と大きな
音がした。
「…………っ!」
マンホールの鉄蓋にぶつけた頭を片手で押さえ、無言で痛みをこらえるキュアルミナス。
今度は鉄蓋を慎重にのけて、マンホールから這い出した。パールピンクのドレスフォームが
随分と煤(すす)けていて、下水道で彼女が体験した激戦を物語っていた。
「ふぅ……早くグリントのところへ……!」
やや疲れのにじむ表情をキッと上げ、走り出そうとする。だが、オーバーニーソックスに覆わ
れた細い脚は、次の瞬間その動きを止めた。
モノクロームの空。風も無く、静かに停止した世界。その遥か上空の一点が沸き立つように
揺らいだ。
そこは中間圏と呼ばれる酷寒の天空。地上からの距離は5万メートル(50km)以上。雲や降
雨といった気象現象が起きる対流圏、太陽からの有害な紫外線を吸収してくれるオゾン層を
形成する成層圏のさらに上空に位置している。
『ヴォイドナ〜〜〜〜〜〜』
歌うような、アルトの叫びが虚空に響き渡り、新たな死の走狗が現出しようとしていた。
ヴォイド相転移 ――― <死>の絶望神ネクロデウスの影響下にある宇宙にて、そこに遍在
する闇より冥(くら)い負の観念が凝結し、精神領域から物質界へ位相を下げる現象。
ヴォイドナーが転移熱の代わりに破壊性を帯びた波動を発生させながら、物理境界面を突
破してきた。
天に、真っ白いシミがにじんだ。そして、次第にその全体の輪郭が露わになってゆく。
全長は約20メートル。シラウオを思わす流線形状のボディに、斜め後方へ鋭角に伸びる後
退翼。
航空機を思わす外観だが、その翼は石膏の羽根で覆われているし、胴体最後部を飾る垂直
尾翼と水平尾翼は、魚の尾びれだった。
そして、機首先には、機体とほぼ垂直に、ぬっ…と女性の上半身像が生えていた。腰付近
は、溶けた飴のように滑らかなたわみを見せ、鎌首をもたげた蛇を連想させる姿で座してい
る。
今までの鋼造りのヴォイドナーと違って、全てが大理石以上に透明感のある白い石質で構成
されていた。
女性像の背後へ長くなびく髪も、両肩からすっぱりと腕を切り落とされた上体も、白い石質の
硬さに覆われている。 カッ、と開いた口腔内も同じく。
ただし ―― 二つの眼窩に収まっている眼球だけは、硝子体というゼリー状の液体で満たさ
れた生身の器官だった。狂気の色に血走った眼球がギョロリと下をむいて、不気味に遥か地
上をねめつけている。
その白いヴォイドナーは、大気密度の非常に少ない中間圏を飛ぶのではなく『泳ぎ始めた』
5万メートル以上もの距離をはさんで、標的を肉眼で捕捉。
「 ―― 何だ…?」
地上にいるキュアグリントが悪寒を覚えた。…と同時に、即座に回避行動に移っていた。しか
し、ヴォイドナーの口内に、黒い輝きが湧いたのもまた同時だった。
暗黒物質 ――― ダークマターを沸騰させることで非常に不安定な状態にして、爆発性を持
たせたモノ。それをヴォイドナーが口から撃ち出した。
弾速は光速の十分の一。秒速約3万km。
ヴォイドナーの顔前を黒い閃光が飾った瞬間、その爆撃は地上を直撃していた。弾速があま
りにも速すぎて、発射と到達のタイムラグがほぼ皆無。
逃げようとしていたキュアグリントのすぐ背後で、大地がめくれ上がるように大爆発を起こし
た。否応なくその爆発に巻き込まれてキュアグリントが吹き飛ばされる。
(ぐっ…!!)
Hチェンバーの表面を流れるエメラルドの輝き。爆風に乗って、さらに自ら引き起こした暴風
で加速しながら離脱。文字通り、空中をかっ飛んでゆく。
攻撃されたのは理解できた。しかし、その軌跡が全く見えなかった。いきなり地面が爆発した
としか思えない。チラッ、と背後に視線を送る。激しい戦闘で廃墟と化していた街並みが消え
て、まるで隕石が激突しみたいに巨大なクレーターが生じていた。
二撃目は空中を滑走するキュアグリントをかすめ、再び地上を直撃。爆発の轟きと共に、土
砂の瀑布が噴き上がって、彼女の姿を呑み込もうとする。
(この攻撃……きっと空からだな!!)
敵の攻撃方法も分からぬままで正答にいたる直感力。エメラルドバレットを二重装填。急激
な空中加速で三撃目の爆撃をかわし、ぶん殴る気満々で上昇へと転換。
「にゃろうっ、どこだぁッッ!」
さすがに敵が超高空5万メートルに位置しているとは思わず、キュアグリントが見えない爆撃
手に対して焦りを覚える。中間圏のさらなる上空(熱圏)を舞う人工衛星のように太陽の光を反
射でもしてくれれば話は別だが、モノクロームの空の色に溶けこんだ白い飛翔物を捜し当てる
ことなど不可能だ。
空を泳ぐヴォイドナーが、音速を上回る速度で優雅に弧(こ)を描きながら旋回。キュアグリン
トを捕捉し続ける。
(マズイっ ―― !)
一転して必死の逃走。四撃目がその姿をかすめ、地表にクレーターを穿(うが)つ。照準精度
の微妙さに救われているが、キュアグリントは一方的に攻められるだけの的だった。ラッキーヒ
ットの一発で、確実に沈む。
(くそっ、どうする……!?)
胸のうちに焦燥を抱えたまま、キュアグリントが銀色の疾風となって空を逃げる。
「グリント……!!」
立て続けに起こる土砂の爆発噴火は、キュアルミナスのいる場所からでもハッキリと確認で
きた。土砂が盛大に噴き上がるたびに、アスファルトに固められた足元を地震のような揺れが
襲う。
生半可でない攻撃威力に、少女の全身を戦慄が駆けた。
(まさかグリント……)
小さな胸を押しつぶそうとする不安に、心臓が早鐘を打つ。
オリーブグリーンの美しい瞳を動揺させ、無意識に『ぎゅっ』と握り締められた小さな右手を自
分の胸に当てる。
だがすぐにその双眸が、爆心地の上空を切り裂くみたいに高速で飛翔する人影を捉えた。シ
ルバーホワイトの清廉な装いは、間違いなくキュアグリントのもの。キュアルミナスの瞳に生気
が戻る。
「グリントっっ!!」
愛する人の無事に、彼女の表情が喜びに輝いた。けれど、それも一瞬のこと。黄金のツイン
テールを静かに揺らして空を見上げた顔は、戦士の色に研ぎ澄まされていた。
(グリントは ――― アカネさんは、わたしにとって宇宙で一番大切な人)
瞳に浮かぶのは厳しい決意の色。小さなこぶしを作っていた右手の五指をゆっくり広げ、そ
っと持ち上げてゆく。
指先が唇にふれた。アカネと、とても大切なものを交し合った感触がそこに甦る。
( ――― このわたしが絶対守り抜いてみせるッッ!!)
キュアルミナスの瞳に強い光が宿った。それに呼応して、右手首の周囲に最小展開されてい
たシャイニーリングが、その大きさを臨戦形態に移行。聖浄な光輝がキュアルミナスを中心に
吹き荒れ、着衣の裾を激しくはためかせた。
廃墟と化した街に、五度目の衝撃が走った。もはや瓦礫しか残っていない地上が、また盛大
に吹き飛んだのが見えた。
「クッ…」
可憐な唇をかんで、焦りそうになる心を抑えつける。今一番重要なのは、地上が爆発するタ
イミングに合わせて、針先よりも小さな黒い閃光が空の彼方で明滅したという事。
ヴォイドナーの姿は目視できない。敵は、視力の限界の遥か向こう側に位置しているのだ。
なればこその自律追尾攻撃。
「シャイニーリング、――― セイクリッドアロー!!」
聖戦武装<シャイニーリング>のセカンドフォーム。
シュルリ、と解けた黄金のリングが真っ直ぐ伸ばした右腕の上で、光輝く徹甲矢とカタチを変
える。右手首の下に左手を添え、弓床となる右腕を空に向けて固定。
(距離が遠い……もっと強い力が必要……)
まばゆい光が、はらり、はらり、と右腕全体を包むように踊り始める。それはゆっくりと形を固
定化させる。 ――― 天使の翼から抜け落ちたような神々しい光の羽根へ。
右腕の先から付け根までを、数十もの光の羽根が舞う。それらは腕からわずかに距離を置
いて、緩やかに周回運動を開始する。
廃墟の街を背景にして ―――
光の羽根の輝きに包み込まれた右腕を高く掲げるその姿は、美しく幻想的だった。
右腕という発射台に設置されたセイクリッドアローは、すでに自律状態にあった。5万メートル
先のヴォイドナーを感知し、その追尾を開始している。
キュアルミナスがセイクリッドアローに従って腕の向き・角度を修正してゆく。
超高空を滑るように泳いでいたヴォイドナーもまた、地上の輝きに気付き、それを眼下に捉
えた。瞬く間に通り過ぎてしまったが、ヴォイドナーの中で始末の優先順位が入れ替わる。
水平旋回の機動を、突如縦旋回に変更。急上昇から背後へ向かって大きな弧を描きつつ背
面飛行に移る。酷寒の空を切り裂く超音速の機動。天地逆さまの体勢から、先ほど後方に流
れていった地上の輝きを肉眼で捕捉。
ヴォイドナーの石造りの口腔に、黒い輝きが湧き、沸騰してゆく。秒速3万kmの爆撃が吐き
出される直前、キュアルミナスの右腕を強烈なスパークが駆け抜け、その衝撃で全ての光の
羽根が飛び散った。
5万メートル分の大気をぶち抜く爆音。右腕から解き放たれ、天を撃ったそれは、閃光という
名の長距離砲撃だった。
「 ―― ぐっ!」
キュアルミナスの軽い体が、反動で大きく背後に吹き飛んだ。火薬が炸裂したような勢いで
道路に叩きつけられ、背中でアスファルトを砕きながらバウンド。その激痛に、思わず両目をつ
むって声を詰まらせた。
(うう……)
すぐには起き上がれない彼女の上に、雪のように優しく光の羽根が舞い落ちてきた。
優しい光の温もりと感触。キュアルミナスが、うっすらと瞼を開いてゆく。
手応えがあった。
(……グリント……やりました、わたし)
煮えているみたいに右腕が熱いが仕方がない。それだけの無茶をやってのけたのだから。
遥か5万メートルの超高空、強大な着弾衝撃によって、女性像の部分を丸々吹き飛ばされた
白い機体が力無く傾く。そして、地上に向けて落下を始めた。
必中必殺を課した超長距離狙撃型神聖光撃。
右腕を舞い巡っていた光の羽根は、その一枚一枚がアンプ(増幅器)を兼ねた光学ミラーで
あり、光子の高密度結晶たるセイクリッドアローの放つ輝きを一秒間に数千万回というスピード
で乱反射させ、その聖性を極限まで活性化させる。
通常に撃つよりも発射に時間がかかるのが難だが、撃ち放たれてしまえば、光速の40パー
セント(秒速約12万km)にまで達する速度でどんな敵をも射抜いてしまう。
発射前の自律追尾による完全照準と回避不可速度の組み合わせ。まさに、全ての闘争に勝
利をもたらす最強の矢だ。
仰向けで大地に背を預けたまま、キュアルミナスが右腕を空に向けて伸ばした。天の彼方
で、星の瞬きよりも小さな煌きが、目的を果たして帰還進路を取る。
(おかえりなさい)
戦いは終わった。
キュアルミナスが、聖女のように安らぎに満ちた顔で、ほっ…と溜め息をついた。
けれど次の瞬間 ――― オリーブグリーンの瞳が見開かれ、驚愕の色に揺れた。
(まさかっ!)
黄金色に輝く矢を高速で追い越して、天から地へ真っ直ぐに駆け貫く白い機体。
『 ―――――― ッッ!!』
もはや何かを叫ぶ口も無く、それでもその存在は吼えていた。パキパキと音を立てて、翼か
ら石膏の羽根が千切れ飛んでゆく。速度はさらに加速中。
バギッ!と右主翼が半ばから折れ、左主翼も付け根から砕け飛んでしまう。本体部分である
女性像をセイクリッドアローに葬られた以上、残る胴体部も崩壊して消滅する運命だ。
しかし、その前に執念でキュアルミナスを道連れにしようとしている。
「うっ…くっ……」
なんとか立ち上がったが、ひざに力が入らない。歩くみたいなスピードでキュアルミナスがよ
ろよろと走り出す。あまりにも遅い。
空を見上げる。頭上でみるみる大きさを増してゆく白い機体を瞳いっぱいに映して ――― 。
ザッ…、とブーツの底がアスファルトを擦(す)る音。
ハッとして顔を正面に戻したキュアルミナスの目が、一筋の狐色の髪をたなびかせたシルバ
ーホワイトの背を捉えた。
ポルンたちと一緒に見る特撮番組と同じだった。ヒーローはいつだって颯爽と登場する。
「へぇ。そっちから来てくれるなんて、サービスいいじゃない」
不敵そのものな声。
空を指すように真っ直ぐ右腕を伸ばし、Hチェンバーに『ガチンガチンガチンガチン……』と紅
蓮子の弾丸を連続装填してゆく。
「ウェルダンだッ!」
宣告と共に、超高熱の火柱が噴き上がって、執念で特攻してくるヴォイドナーの機体を呑み
込んだ。ウェルダンどころか、そのボディを構成する白い石質を一瞬で消し炭に変えて吹き飛
ばす。
「待たせてゴメン、ルミナス。ケガとか……大丈夫?」
ゆっくり振り返るキュアグリントが、優しく言葉をかけてきた。キュアルミナスが満面に愛しさを
浮かべて、澄んだ声で返事をする。
「はい、だいじょうぶです。……おかえりなさい、グリント」
花のように微笑む彼女の右手首で、ようやく帰還を終えたセイクリッドアローが、シュルリ、と
形態を変化させ、シャイニーリングへと戻った。
そして、二人の安堵を悪意で呑み込むように、
世界はさらに裏返る。
禍々しく、そして神々しく ――― 。
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