プリキュアオーヴァーズDX 04 後編
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
温もりに包まれながら、また、まぶたを開いてしまった。さっきから何度目だろう。まどろむ一
歩手前で、意識が留まっている。疲れているのに眠れない。
ぽんっ、と頭の後ろに添えられた優しい手。その感触で、オリーブグリーンの瞳に安らぎが満
ちてゆく。
激しい戦闘のあった日とは思えないぐらい、静かで穏やかな夜。目を閉じてしまえば、昨日の
夜と変わらない ――― ベッドの中で味わう温もりはいつもと同じだった。
抱いてくれている腕の中で、ほんの少しだけ……ほんのほんの少しだけ、身体同士の距離を
縮めてみる。大好きな人の肌の匂いと体温で、心臓の脈動が微かに熱を帯びた。
ひかりの妖精めいた肢体が、ぐいっ、と体育系の腕力で強く抱き寄せられた。
「遠慮すンなって、女同士なんだからさぁ」
完全密着。アカネの身体のやわらかさと温かさが、全身に押し付けられる。
(あっ…)
唇が、パジャマの上から軽く肩にふれていた。アカネに気付かれないよう、静かに肩から顔を
離す。電気を消しているので分からないが、ひかりの頬はほんのりと赤らんでいた。
アカネが髪に指を滑らせてきた。腕っぷし強そうな外見に反して、こういう動作はきわめて繊
細。髪一本一本を慈しむように梳いてくれる。
ひかりがうっとりと目を閉じた。あたたかくて、やさしくて、アカネのしてくれる事全てが子守り
唄となって、ひかりを安らかに眠りへ誘う。
(アカネさん……きもちいい……)
眠りに落ちてしまいそうになる。その寸前、思い出した。アカネに対する自分の気持ち。
鮮明に意識が覚醒してゆく。
今日、なぎさとほのか ―― 心から姉と呼びたい二人 ―― に背中を押されて一歩を踏み出
そうとした勇気が、ちいさな胸によみがえってきた。
しかし、今は慎むべきだと思い直し、開きかけた口を閉ざした。自分の命を狙う戦いに巻き込
んでしまった大切な人を、ただ守りぬくことに専念すべきだと判断した。
(絶対に、アカネさんと一緒に元の時間に還ってみせます。その時までは……)
頑なに、想いを封じ込める。口を真一文字に結んで、瞳に厳しい決意を浮かべた。
ピクッ、と髪を撫でていたアカネの指が止まった。
「ねえ、ひかり……」
その呼びかけから、次の言葉まではたっぷりと間があいた。
「胸、マッサージしてくれる?」
「はいっ?」
きょとん、とした声音で、ひかりが聞き返す。……ややあって、言いづらそうにアカネがその言
葉を繰り返した。ひかりはやっぱり「はあ…」と生返事を返すばかり。
「…その……駄目?」
アカネの沈んだ声音が、そぉっ…と、ひかりの鼓膜を震わせた。ひどくか弱げな、全くアカネら
しくない調子に、ひかりが戸惑いながらも手を持ち上げる。
手の平全体に、やわらかな丸みの感触。ブラジャーはしていない。パジャマの薄生地一枚で
は、成長期の乳房の瑞々しい触り心地をさえぎる事など出来はしない。
15という年齢にしては、ちょっと大きめか。ふんわりやわらかな二つの果実は、横を向いて
寝ると、胸からこぼれそうだ。
健康的な肌のハリに包まれた軟らかさが、ひかりの指を優しく蕩けさせる。マッサージという
言葉通り、ひかりがゆっくりとそれを揉んでみた。
抵抗無く、乳房の肉に沈む五指。まるでクリームのよう。ふわっとした弾力が、指を押し返し
てくる。
ひかりの丁寧な指使いに、アカネが小さく身じろぎする。
「…………」
アカネがパジャマの前掛けボタンを、上から二つまで外した。乳房の深い谷間が覗いた。挑
発的ともとれるその行為に、ひかりの顔が『かぁ〜っ』とのぼせてしまう。
「恥ずかしい?」
訊ねるアカネの声に、ひかりが、こくんっ、とうなずいた。「そっか…」とうなずき返したアカネ
が、優しげな笑みを口もとに湛えた。
「でもね、いつもはひかりが外してるんだぞ、アタシのパジャマのボタン」
「……えっ?」
「アタシが寝てたら毎日みたいにパジャマのボタン勝手に外して、たこ焼きがどうのこうの寝言
つぶやきながら、おっぱいに頬ずりしてくるじゃん」
「ごっ、ごめんなさいっ」
ひかりが慌てて頭を下げようとした。「あははっ」と笑いつつ、アカネの手がその頭を押さえて
制した。
「どんな夢見てるのか知ンないけど、ひかりの寝顔、幸せそうでさぁ。……それ見てるアタシも、
仕事の疲れが癒されるってもんだよ。おっぱい冥利に尽きるねぇ」
さらにボタンをもう二つ。へそのすぐ上まで、パジャマが開かれた。アカネの生の乳房がまろ
びでる。若々しいツヤの肌が美しく盛り上がり、官能的な曲線が突き出されていた。
まろやかな乳房の先端には、薄く桜の色素で描かれた乳暈(にゅううん)と、ツンと反応してい
る乳首。ひかりが目のやり場を失くしてしまう。
アカネの口もとが、イタズラっぽく歪んだ。
「……さわりたくない? ひかりの好きにしていいのに?」
まぎれもなく、それは挑発の言葉。ひかりが生唾を飲むには充分すぎる。
乳房に直接触れるひかりの手は、緊張で震えていた。……微かに汗ばんでもいた。
アカネの手が、スッ、と伸びて、ひかりの髪を指先で梳く。その手は、ゆったりとした動作で流
れて、ひかりの肩を撫で下りた。優しく、彼女の緊張をほぐそうとするように。
「ンっ…!」
ひかりが目を閉じて、まぶたを震わせながらうめく。五本の細指が、ぎこちなくアカネの乳房
を掴んだ。むにっ、という肉厚の軟らかさ。
「……っ!」
アカネが声を殺して、びくっ…、とカラダを震わせた。そのまま手を、ひかりの手の甲に添え
て、揉む動作を促した。
「今のおっぱい、当社比30%減…ってところかな。タイムスリップさせられたせいで、ちっちゃく
なっちゃってるけど……ごめんね」
ひかりが、恍惚の色を漂わせた両目を薄く開いて、アカネの顔を見上げた。そして、静かに
首を横に振る仕草で答える。こっちの大きさも大好きです、と。
乳房を揉む手付きも、さっきに比べて随分となめらかになってきた。カタチの良い丸みに沿っ
て指先を滑らせ、白い乳肉を優しくマッサージする。
(アカネさんのおっぱい、やわらかくてきもちいい……)
ひかりがうっとり両瞼(りょうまぶた)を下ろして、さわさわ…と乳房への愛撫を続けつつ、手
の平で丹念にその軟らかさを味わう。
しばらくその動作を見守って、アカネが密(ひそ)やかに微笑を洩らした。
(ふふっ、ひかり、すごく夢中になってる。ちょっとはリラックスしてきたかな)
ひかりの中で張りつめていた心の糸が緩んでいくのが分かる。マッサージというのはもちろん
口実だ。胸が重くて肩がこる事はあっても、乳房がこるなんてありえない。
……ほぼぺったんこのひかりは、何の疑いも抱いていないようだが。
無邪気に胸にじゃれ付いているひかりの髪の手を伸ばした。綺麗な黄金色の髪を数本指で
すくって、両目を細めた。
この少女を守るのは自分の仕事だ。必ず元の時間に連れて帰る。
(だから、ひかりは何の心配もしなくていいからな)
母親のように暖かい眼差しを、ひかりへと注いだ。不安な時は、こうやって、おっぱいにでも
甘えていればいい。
「アカネさんっ」
弾んだ声を上げたひかりを、アカネが見つめ返す。
「ん?」
「今、タコカフェの新メニューを思いついたんです。<アカネ焼き>って……どうでしょうか?」
アカネの乳房が、たぷっ…と下から手の平ですくい上げられた。逆の手で、それがうやうやし
く撫で回される。
「外はふんわりスベスベ、中はフワッともちもち……」
ひかりの爪先が『くりんっ』と乳首を一周した。アカネが心の中で(ヒッ!)と悲鳴を上げる。ひ
かりの口が、さくらんぼ…と小さく動いた。
短く黙考をはさんで、自分のアイデアに満足げに頷いた。
「そうだ、真ん中に甘〜いさくらんぼを入れたら、もっと美味しくなるかも! きっとお客さんも喜
びますよねっ」
瞳をキラキラさせながら、<アカネ焼き>の大きさはこれぐらいで……と小さな両手で円を作
っている彼女になんと言い返せばいいのか解らない。
いくらアカネが豪気でも、自分の乳房をモチーフにしたメニューが店先に並ぶなんて、想像し
ただけで恥ずかしくて死にたくなる。現実化したら、確実に心臓発作を起こす。
楽しそうに語るアイデアを却下するのは心が痛むが……。
「あ、あ……でもさぁ、あんまりメニュー増やしすぎても、ほら、ウチってばアタシとひかりの二人
だけだし、手が回らなくなっちゃうんじゃ……」
今あるメニューも削りたくないしねぇ、といかにも困った顔でウンウンと頷いてみせる。
「そうですね…」
ひかりの口から、ぽつん、とこぼれた言葉。飼い主を見失った子犬のように、彼女の両眉が
悲しげに下がると、アカネにとってそれが限界だった。
「いやぁ、でも一つくらいだったらメニュー増やしても大丈夫かなぁ」
一転して、穏やかにひかりの案を了承した声とは裏腹に、死んだらァ!と心の中でヤケクソ
の咆哮を上げた。
ひかりの顔が、パアッ…と明るくなった。「本当ですかっ!」と嬉びの声を上げるひかりへ、
「新メニュー、頑張ろうな」と頼もしい笑顔をみせてやった。
――― ははは……ああ、おっぱい冥利に尽きるよ……。
ひかりの口からは「うふふふっ」という鈴が転がるような可愛らしい笑い声が洩れている。一
方、アカネの心の中では乾いた慟哭が吹きすさんでいた。
しかし、それもやんわりと癒されてゆく。乳房を大切に、宝物を愛でるように揉みしだくひかり
の手付きによって。
「ひかりは……おっぱい好きだなぁ。揉んだだけで年齢やブラの色まで当てちゃうぐらいの達人
だし。ねえ、もしかして、アタシ以外の胸もさわったりとか…したことある?」
乳房をいらう指の動きに、ぎこちないブレーキがかかった。ひかりの口からは、否定の言葉
は出てこない。
「エッ、うそっ? マジマジっ? 相手は誰っ?」
すかさず好奇心むき出しで訊ねてくるアカネへ、ひかりが恥ずかしげに頬を染め、視線を伏
せながら答えた。
「……なぎささんと、ほのかさん、です。……二人と一緒に、お風呂に入った時に……」
ますます顔を赤く染め、うつむいてしまう。そんな彼女の頭を、よしよしとアカネの手が撫でて
やった。
「そーかそーか、いっぱいさわらせてもらったかぁ?」
「はい。…でも」
そのあとに続く言葉がアカネを嬉ばせた。
「アカネさんのおっぱいが、一番気持ちいいです」
「こいつっ!」
くすぐったい褒め言葉に、アカネが破顔した。
ぐいっ、とひかりの頭部が引き寄せられる。軟らかい衝突。たわわな胸に飛び込むカタチで、
ひかりの顔が乳房の浅い谷間に埋まった。
「そういや、光のクイーンってさ、ひかりのお母さん……じゃあないんだっけ」
「はい、わたしは<クイーンの命>として存在しているワケですから、あちらのほうが本体で、
わたしはその一部ですね」
以前にひかりから説明されたことの再確認。乳房の軟らかさに溺れそうになってる彼女へ優
しく微笑みかけ、その頭を愛おしく撫でた。
「……じゃあ、ミルクもらったことないんだ、ひかりは。――― 飲んでみたい?」
きょとん、と見上げてくる眼差しに、母性的な視線を重ねてもう一度聞いた。
「母乳、飲んでみる?」
ようやく「えっ?」という表情になったひかりが、言葉の意味を理解して固まる。
アカネが、15歳の若々しい乳房をフニフニと指で突っつきながら、
「ほら、たぷたぷしてるでしょ? これね、赤ちゃんに飲ませる大切なミルクが詰まってる証拠。
だから、アタシのおっぱいは柔らかくて気持ちがいいんだ」
「そ、そうなんですかっ?」
ひかりが素直すぎる反応を示したのを見て、アカネが笑いを噛み殺した。続けて、「ンッ…」と
声を洩らして、少し焦った顔で「うわっ、ミルク出ちゃうっ」と慌ててみせた。
「えっ…えっ?」
「ほらっ、ひかり、ぼさっと見てないで!」
「ハ、ハイッ」
アカネの性急な声に押されるカタチで、眼前に突きつけられた乳房の先端を、ひかりが思い
きって口に含んだ。
唇にふれる、固くつぶらな感触。それは真珠のツヤとなめらかさだった。ひかりの丁寧な指戯
で、薄桜色の突起は軽く充血していた。
「……っ!」
びくっ、とわずかにアカネの背中が反った。下唇を噛んで、洩れそうになる声を封じる。閉じら
れた両目の間 ――― 眉間に寄せられたシワは少し悩ましい。
敏感な乳頭に、甘えるように吸い付いてくる感触。背筋をゾクッ ――― とくすぐったさが這い
ずりおりてきた。ひかりに気付かれぬよう、口元に持ってきた手をコブシに握って、その指の背
に歯を立ててこらえた。
(てゆうか、ひかりはすぐ何でもかんでも信じるよねぇ)
喉までせり上がってきた喘ぎを飲み下し、唇を微笑のカタチにゆがめた。
ひかりは疑いもせず、赤ん坊みたいに乳首に吸い付き、母乳をねだっていた。アカネの乳首
を、ちゅうちゅうと甘く刺激しながら。
(……? 出てるのかな、ミルク)
ひかりが心の中で首を傾げた。いくら吸っても、それらしい味が舌に乗らない。不審に思って
舌先を伸ばし、乳首の先っぽを舐めてみた。ビクッ!と強い反応が返ってきて驚く。
再び、慎み深く舌を伸ばし、乳首に触れてみる。髪を梳いてくれたアカネの指先を思い出しな
がら、それと同じ繊細さで、敏感な乳房の先端を何度も何度も繰り返し舐めてみた。
(うっ…ぅっ…、い、いっぱい舐めてくるなぁ、ひかり……)
くすぐったいのとは微妙に違う気持ち良さが乳房に響いてくる。ひかりにバレないよう潜めた
呼吸にも微かな乱れが生じていた。腹筋をピクピク引くつかせ、何とか耐える。
アカネが手を伸ばして、ひかりの髪をいらった。指先で髪をなぞる仕草には、彼女への愛情
に溢れていた。
乳首を舐める舌の動きと、髪を梳く指の動作がシンクロしてゆく。そのまま朝まで続いてしま
いそうな、ゆったりとした時間の流れ。
心地良く、ベッドの中で身体を寄せ合いつつ、二人だけに許された密やかな幸せを営む。
(…くっ……あ、やばっ)
アカネの背筋を伝う『ぶるるっ…』という震え。知らぬ間に顔が随分と上気して、その悩ましさ
に色を添えていた。
(ちょっと……さすがにこれ以上は……)
このままだと、ひかりの小さな口で、胸先が官能に溶かされてしまう。アカネが身をよじって、
彼女の口から乳房を引き離した。
「あっ…」
惜しむ声が、逃げてゆく乳房を追った。一瞬だけ、ひかりの口と離れてゆく乳房を唾液の糸
が繋いでいたが、それもすぐに途切れてしまった。
真っ直ぐ伸ばされたアカネの人差し指が、つんっ、とひかりの額をこついた。
「…ったく、妊娠もしてないのに母乳出るワケないじゃん」
不思議そうにアカネの顔を見上げたひかりが、数秒後、「あっ…」とこぼして、表情に驚きを
広げた。
「う、うそだったんですかっ」
「あはははは、ひかりは簡単にひっかかりすぎだって」
ボリュームのある乳房を揺らして、アカネが屈託なく笑う。ひかりがオリーブグリーンの瞳に珍
しく非難の色を浮かべて、それを見返した。
「あらら…、ひかり、怒っちゃった?」
「飲みますっ」
きっぱりと宣言。「へっ…?」と戸惑うアカネの腕を、か細い腕で押しのけて、乳房のふくらみ
へ強引に唇を押し付ける。
「えっ、ちょっとちょっと、だから出ないんだって……わッ! こ、こらぁ…ひかりぃ」
口早にしゃべるアカネを無視して、ひかりの唇が乳頭を『ちゅる…』と美味しそうに吸い上げ
た。制止を試みるアカネの声に、いつもの強さは無かった。
『ちゅぅ〜〜』と音が鳴るほど強く吸われる。乳首が引き伸ばされて、ちょっと痛い。……ジンジ
ン疼く、砂糖味の甘い痛み。
「あ゛っ!」
びくびくっ!とさざ波のようにカラダに打ち寄せた痙攣に、声をこらえきれない。上半身をよじ
って逃げようとするが、ひかりの口は離れてくれない。
「やっ、ダメって……そんなに吸ったら……っ!」
ひかりの口で『ちゅぅちゅぅ』と吸引音が響く。敏感な乳首を愛しい少女の唇で責められて、ア
カネの心が官能的な酔いを覚えてしまった。
さすがに理性を崩すほどではないが、それでも乳房の先端を吸い上げられる度に自然と両
瞼(まぶた)は下りて、徐々に熱を増してゆく喘ぎを口からこぼした。
「ひゃ…っ、舐めないで!」
乳首の先っぽを舐めてくる舌の動き。ちろちろ…と触れるか触れないか程度の刺激がひどく
くすぐったい。乳首が『ジンッ…』とますます強張ってゆくのが分かる。
ゾクッ ―――
ゾクゾクッ ―――
「くぅっ!」
びくんっ!とカラダを襲った大きな痙攣に、思わずひかりの身体に抱きついてしまう。だが、
無理にでも母乳を出させようとする舌の動きは止まってくれない。
15歳の自分よりも小柄な少女の攻勢に、アカネはついに音(ね)を上げてしまった。
「もうやめてっ、まいったから! 降参するから!」
「……もう、うそはつきませんか?」
ようやく乳首から口を離したひかりが、静かに訊ねてきた。アカネがこくこくと首を縦に振って
誓約する。
ひかりが乳房から顔を上げた。ゆっくりと瞼を開いたアカネの目の端には、小粒の涙が溜ま
っていた。視線を重ねあって、アカネのほうが先に微笑んだ。
「初めてのおっぱい、どう? 美味しかった?」
「……」
恥じらいが生んだ一瞬の沈黙。そのすぐあとに「はい」という素直な返事が続く。
ひかりの髪にやさしく触れ、指を滑らせる。気持ち良さに、ひかりがうっとりと瞼を下ろした。
後頭部に添えられた手が、再びひかりの口を乳房へといざなう。
「吸ったら駄目だからね。……いい? 咥えるだけ」
乳首をそっと唇に含んだひかりが、こくん、と頷く。騙したお詫びとして、アカネが少女の髪を
梳き続ける。
乳房の先に口を寄せて、安らかに目を閉じている少女へ優しい眼差しを落として微笑む。と
ても母性的に。
アカネが穏やかな表情で瞼を閉じた。髪を梳く指の動きはそのまま、ひかりへ語りかける。
「ねえ、ひかり、元の時間に帰ったら、本当にアタシの娘にならない? 養子縁組してさぁ」
鼓膜に流れ込んできた言葉。髪を梳かれるのが心地良くて、その言葉の真意に気付けな
い。
「アタシがひかりのお母さんになるの。藤田アカネに、藤田ひかり。……悪くないでしょ?」
悪くないです。心の中でひかりが頷く。
アカネが瞼を開く。瞳には限りない母性の慈しみ、そして微かな悲しみ。
ひかりと母子という絆を結ぶ代わりに、それが二人の想いを断ち切る壁となる事を知ってい
たから。
母親が愛娘に語りかけるように、アカネが優しく言葉を紡いだ。
「これからは、母親としてひかりを見守ってあげる。ひかりに好きな人が出来て、幸せに結婚す
るのを見届けてやるよ」
ようやく"母親"、"娘"という言葉の意味に気付いたひかりが顔を上げた。無垢に澄んだオリ
ーブグリーンの瞳には、傷ついた色が浮かんでいた。
「わたし、好きな人なんて絶対作りません」
強く、きっぱりと口にするひかりへ、アカネが首をゆっくり横に振って微笑んだ。
「大丈夫。ひかりだったら、きっと素敵な相手が見つかるって。そしたらアタシもひかりに店譲っ
て隠居でも ――― 」
「アカネさんっ!」
ひかりが大きな目に涙を浮かべて見返してきた。アカネの胸が、いたたまれないほど締め付
けられる。
「ははっ、ちょっとトイレ行ってくるね」
乾いた笑いで誤魔化して、アカネがパジャマのボタンを留めながらベッドを降りた。「アカネさ
ん、待って」という呼びかけに、足を止めずにドアまで進む。
ドアノブをひねる小さな音。振り返らずに部屋を出る。
――― ひかりの気持ちも、自分の想いも、後ろ手に部屋のドアを閉じて断ち切った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
トイレのドアノブに手をかけたまま、立ち尽くす。トイレ云々は、あの場から逃げ出すための方
便だ。アカネがドアノブから手を離し、背を向けた。
(夜風にでも当たってくるか)
さばさばした表情で、頭の後ろを掻く。胸を占めているのは、誰もが大人になってから学ぶ、
乾いた諦念だった。
これからは自分がひかりの母親になって、彼女が幸せに巣立つまで大切に守り抜く。ただそ
れだけでいいと思った。
玄関へと向かうはずの足は、しかし、自然と一番相性の悪い相手の元へ向かった。きっちり
閉じられたドアの隙間から、微かに廊下に洩れている光。
「おふくろ、入るよ」
寝室の中では、アカネの母が畳の上にあぐらをかき、広げた新聞紙の上に様々な刃物を並
べて、ひとつひとつ丁寧に手入れしていた。
「……槍だけじゃないんだ……。いつから武器庫になったの、我が家(や)は?」
「夜這いかけに来て、いきなり苦情か」
げんなりした娘よりも、刃物のほうが気になるらしい。顔を上げもしない。
アカネは、ドアを閉めもせず、暗い廊下に背を晒したまま、ただ母親の作業を眺めていた。刃
物を扱い慣れた手捌きは、慎重かつ滑らか。見入ってしまうほどに美しく完成された動きだっ
た。
「あのさ…」と切り出してから、アカネは言葉を迷った。母親は、作業の手を止めずに待ってくれ
ていた。
「おふくろ……アタシ、実は大人で……未来からタイムスリップしてきたんだ……」
歯切れ悪く、たどたどしく、アカネがゆっくりと言葉を吐き出してゆく。自分の事。未来の事。ひ
かりの事。ポルンやルルンの事。そして、プリキュアに変身して戦った事も。
アカネの母は、否定も質問もしない。娘が話す全てを一語一句洩らさず鼓膜で拾い、静かに
うなずいてから顔を上げた。そして、娘の顔を映した瞳を優しげに細める。
「そっか、あんたもがんばってきたんだねぇ」
その簡単なねぎらいの言葉に、なんだかよく解らないが泣きそうになってしまった。だが、そ
の崩れかけた表情を引き締めて、アカネが母親に向かって頭を下げる。
「……おふくろ、アドバイスが欲しい」
「ンっ? なんでも言ってみ。 ――― って言っても、どうせひかりちゃんの事だろ」
あっさり言い当てられて、わずかにアカネがたじろぐ。そんな娘の様子に、母が軽く溜め息を
ついた。
「こういう時はな、アドバイスが欲しいって言うんじゃなくて、背中押してくれって言うんだよ」
「……ははっ、背中押されても困る。あの子のことは、ずっと家族と思って大切にしてきた。こ
れからも守っていきたいと思う。ひかりには絶対に幸せになってもらいたいんだ」
「だから手を引く……か」
アカネが黙ってうなずく。
ひかりの花のように可憐な肢体を抱き締めるたび、たまらない愛しさと、後ろめたい気持ちが
綯い交ぜになってこみ上げてきて、いつも前者を本気になる一歩手前で切り捨てていた。
彼女にふさわしい相手は、自分みたいなオバサンじゃない。三十路を手前に控えて、責任を
持てる保証も無しに、干支が一回りも離れた少女の幸せをさらってゆけるわけがない。
ひかりの、宝石のような綺麗な瞳に浮かんだ痛ましい涙を思い出す。母に聞きたかったの
は、そのひかりの心を癒してやる上手い方法だった。
再び口を開こうとしたアカネに先んじて、母親が双眸に強い光をたたえて言った。
「あたしの娘に、ごちゃごちゃ理屈つけて後ろ向く真似は似合わねーよ。むしろ逆だろ? 花束
片手に、とっとと結婚申し込んでこい」
「けど…っ」
アカネの母が「よっこらせ」と立ち上がり、並べた刃物を避けてアカネの正面まで進んだ。伸
ばした右手が、力強くアカネの肩を掴む。
「残念だけどなバカ娘、実の母子である以上、このあたしの遺伝子がその身体に受け継がれ
てるんだ。メーターMAXを軽くぶっちぎる加速で、崖っぷちを飛び越えちまう最強の遺伝子が
な」
そう言って、ニッ、と口の端を緩ませた。見た者の士気をぐいぐい煽る、夏の太陽の如き微
笑。眼前の女傑が口にした<最強>という二文字は、アカネの心拍を微かに高揚させた。
「アカネなら…っていうか、アカネしかいないだろ、ひかりちゃん任せていい女は。とりあえず、
あんたの身体はあたしの遺伝子でてんこ盛りだっつー事実に自信持っていけ。
ひかりちゃんをこの世界の誰よりも幸せにする権利と義務は、天上天下、アカネ一人に与えら
れたモンだ。そうだろう?」
母がジッとアカネの瞳を見つめる。逆らえないほど強くて、暖かな眼差しだった。アカネの胸
に燻る不安が、最後の抵抗を試みる。
「そうは言うけどさ、アタシ……もうすぐ30のオバサンだよ? ひかりなんてまだ15歳の子供な
のに……」
「あんたよりもあの子の人を見る目は確かだよ。アカネが30だろーが60だろーが関係ねえっ
て。間違いなくひかりちゃんは、生涯の伴侶にあんたを選ぶさ」
そして、アカネの母が、カラッと晴れた笑い声を上げた。耳に届いただけで、全部の悩みが霧
散してしまうような、そんな響きだった。
一瞬、アカネの表情が泣きそうに歪んで、全てを諦めたように微笑んだ。
ひかりの事を想うからこそ、彼女がいつも笑顔でいられるような、優しくて強い誰かと添い遂
げてもらいたいと心から願った。……なのに、母親に背中を押されてしまった。
――― 後戻りなんて絶対に許さないほど、強く。
(もしひかりが不幸になったら、全部おふくろのせいだから)
心地良い敗北感だった。胸の内で、チクショーと笑いながら毒づく。
「おふくろ、……その……ありがとね」
「礼なんか言うな、気持ち悪い。……それよりも、未来のあたしって、どんな感じ? やっぱあん
たに迷惑かけまくり?」
「迷惑はかけてないけど、心配かけてばっかりだぞ、アタシに。少しは反省してよ」
「ワリィ、アタシの辞書に反省って言葉は載ってねーんだよ」
「あっはっはっ、それって単に脳みそ欠けてんじゃないの? おふくろ」
「あっはっはっ、その身体、この場で輪切り標本にしてやろうかぁ? バカ娘」
母子が顔を見合わせて、朗らかに笑いあった。部屋の空気がミシリと不気味に軋みそうな、
例えるなら、ホラー映画で残酷シーンが不意打ちでドン!と来る直前の雰囲気。
しかし、ここでアカネが不敵に微笑して、シーンの流れを変える。
「ああ、忘れてた。未来のことで、もうひとつ報告しとくことがあったよ、おふくろ」
口の端をゆがめたアカネが、ある数字を口ずさむ。その数字の意味する所を嗅ぎつけた母
親が徐々に顔色を変えて行くのを面白そうに見守った。
「う、うそつけ……娘の分際でっ!」
「いやぁ、胸のサイズが大きいと苦労するねぇ……肩がこってさぁ。あははっ、おふくろの小ぶり
な胸がうらやましいなぁ〜」
「ななな…なに言ってんだよ、あたしのバストはまだ本気出してないだけだよっ!」
ムキになる母親へ、アカネが勝ち誇ったように笑う。激しい狼狽を隠しながら、アカネの母親
が肩から手を離して、額の汗を拭った。
「よ、よし。アカネ、ここはいったん落ち着いて、二人とも冷静になろう。……そうだな、とりあえ
ずあんたの胸を削ろう」
しゃがんで刃物に手を伸ばす母親の眼前で、部屋のドアがバタンと閉められた。
ドアの前で、ゆっくりと深く呼吸を吐いた。ドアノブを静かに回し、静謐な眠りの空気を乱さぬ
よう、微かな音と共にドアを開いた。
暗がりを透かす双眸に、掛け布団の下に収まった華奢な体躯が映った瞬間、贖罪の念が狂
わんばかりに湧き上がってきた。そして、同時に彼女への愛しさも溢れんばかりに。
ベッドの奥で縮こまるように背を丸めて、この暗闇の中、孤独に悲しみに耐えていたのだろ
う。その隣には、ちょうど一人分の空白。
「……長い間、待たせてごめんね、ひかり」
掛け布団をめくって、アカネがベッドに潜りこむ。
空白が、埋まった。
拒絶するように向けられた背中に、アカネがそっと指を這わせた。ぴくん…と少女が反応す
る。
「……ひかりの作るたこ焼きってさ、アタシが焼いたやつよりも微妙に口当たりがやわらかい感
じがするんだ。優しい…って表現すればいいのかな」
アカネが瞼を下ろして、ひかりの髪に唇をふれさせた。甘やかな、女同士のスキンシップ。シ
ャンプーの匂いがアカネの鼻孔をくすぐった。
「アタシは、ひかりの作るたこ焼きが好き。それをみんなが美味しそうに食べてくれてる瞬間
が、一番の幸せ」
一生懸命、自分に追いついてきてくれた大切なパートナー。タコカフェという幸せの場所を一
緒に支えてくれる、アカネにとって唯一無二の存在。
「わたしは……」
ひかりが、泣いているのを悟られないように、感情を押し鎮めて語った。
「アカネさんの作るたこ焼きのほうが好きです。灼(や)けた鉄板の熱がタコの芯までしっかり通
っていて、力強い熱々(あつあつ)の旨味で口の中がとろけそうになります」
ひかりが手を目元にやって、涙をぬぐう仕草をみせた。そのほっそりした肩を、後ろから優し
く抱いてやる。
「もっと、たくさんの人にアカネさんのたこ焼きを食べてもらいたい……」
「……うん、ひかりのたこ焼きもね」
肩を抱いている手の平を、彼女の細っこい二の腕へと滑らせた。こんなにも細いけれど、誰
よりも頼りになる相棒の腕だ。
「ひかり、アタシたちのたこ焼きで、いつか全国を制覇してやろう」
「はい」
こくん、と頷く。その身体を、アカネの手が強引に振り向かせた。とっさに涙のあとを隠そうと
する彼女の手を押し下げて、ひかりの顔を真っ直ぐ見つめる。
「絶対に手放さないよ、アタシは ――― ひかりを」
まばたきすることも忘れたのか、ひかりが呆然と見返してくる。涙に濡れたオリーブグリーン
の瞳は、どんな宝石よりも綺麗だった。
先に、アカネのほうから目を閉じた。二人の唇の距離が縮まるにつれ、自然とひかりの瞼も
下りてゆく。
唇同士の優しい触れ合いを感じた瞬間、ひかりの睫毛が小さく震えた。
しばらく逢瀬を重ねていた唇が、やがてゆっくりと離れていった。安らかな無言が二人と繋
ぐ。
ひかりの背に、アカネの逞しい女の腕が回された。(強く……っ!)と少女が願うよりも早く、
その花のようにたおやかなカラダが力任せに抱き寄せられた。
「うっ…!」とひかりが顔をしかめてしまう。しかし、アカネの乱暴さを咎める気配は無い。むし
ろ、眉間にシワを刻む表情は、幸せと嬉びに輝いていた。
アカネが強引にキスを求めてきた。唇をきつく吸われる感触に、少女の背が恍惚に震えた。
(アカネさん…………っ)
放心したように、ひかりは力無くアカネの身体にすがり続けた。水気をしっとり含んだ花びら
のようにやわらかい唇が、何度も何度もアカネのキスで奪われてゆく。
やがて、アカネがキスを止めてささやいた。
「……こんなにいっぱいキスしたら、こわい?」
ひかりは首を小さく横に振った。初めて味わったキスは、少女の心を夢色(ゆめいろ)の境地
へと押し上げていた。たくさんのキスを貰った唇は、甘ったるい余韻で蕩けている。
「ひかりが大人になったら、キス以上のこともいっぱいしようね」
クスクス笑いつつ、冗談めかしてアカネが言った。対して、ひかりは大真面目に答えた。
「わ、わたしは今すぐでも……」
「こら」
アカネが、コツン、と軽めに額同士をかち合わせて彼女の言葉を止める。
「てゆうか、ひかり、何するか全然わからないで言ってるでしょう?」
ひかりが申し訳なさそうな顔で縮こまった。
「……はい。全然わからないです。ごめんなさい」
「ふふっ、いいよいいよ、謝ンなくても。その時がきたら、ちゃんとアタシが教えてやるから」
「はい。その時はお願いします」
あくまで生真面目な返事に、アカネが微苦笑をこぼす。その唇を、今度はひかりのほうから
塞いできた。羽毛で愛撫されるような、くすぐったい控えめなキス。
自分からのキスを恥らうように、唇はササッとすぐに離れてしまった。
「ははっ、なに遠慮してんの?」
そう言って、アカネが屈託なく笑う。ひかりの可憐な顔(かんばせ)が、かぁ〜っと赤く染まって
うつむいてしまう。
「そうだな、まずはキスのやり方から教えてやらないと駄目か。唇が溶けちゃいそうな、恋人同
士の熱いキスをね」
アカネの指がひかりのあごに添えられ、優しく上を向かせた。夢見るように細められた眼差し
が、アカネをたまらないほど愛しげに見返してきた。
「……教えてください、アカネさん」
ひかりらしく、慎ましい態度でお願いする。けれど、その声音にはありありと可愛らしい興奮の
色がにじんでいた。
「ドキドキしすぎて、眠れなくなっちゃうかもよ?」
「かまいません、だからっ ――― 」
「 ――― 早く、してほしい?」
「…はい」
鼓動が昂ぶり、胸が苦しい。全身が熱い。ひかりが震える瞼を下ろすと、アカネの熱い唇に
よる、たっぷりと時間をかけたキスの授業が始まった。
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