蝉時雨 03


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 愛を交し合った二人は仲睦まじくベッドの上で抱き合いながら ――― などという気分ではな
かった。二人ともハダカのまま扇風機の前で寄り添っている。

「あつ〜〜…」
 なぎさは手枷を外してもらった手にウチワを持ち、パタパタと扇いでいた。だらしなくあぐらを
かいて、情緒もへったくれもない姿だ。
 ほのかも、股間から抜いた双頭ディルドを片付けるのを後回しにして、ぐったりとなぎさの裸
体にもたれかかっている。
「…で、なぎさ、どうだった?」
「んー、なにが?」
「いつもよりも乱暴に犯してあげたでしょ。……きもちよかった?」
 なぎさが上を向いて「うーん」と考え込んだあと、
「もっとギンギンに感じるかなぁって思ったんだけど、フツーに気持ちよかった」
「えーっ、何それ…」
 ほのかが可愛らしく唇を尖らせて、なぎさのカラダに『ぎゅうっ』としがみついた。
「わたし、がんばったのに〜。腰痛い」
「あぁーん、くっつかないでよぉっ、あついーっ」
「駄目。ゆるしてあげない」
 ほのかのカラダを引き剥がそうともがくなぎさに、さらに強く密着。ぐりぐりと無理やり頬擦りし
てやる。二人の体温が重なって、まだ情事のほてりを残している肌に新たな汗をにじませた。
 ぐったりと全ての抵抗を放棄したなぎさがボソッとつぶやいた。
「……くっついててもいいから、アイス食べたい」
 なぎさの色んな所を優しく撫でまわしながら、ほのかがうっとりと両目を閉じたまま言う。
「アイスはないけど、冷蔵庫に冷えたスイカがあるから」
「スイカかぁ〜〜…」
 悩んだのも少しの間だけ。ほのかを強引にお姫様抱っこして立ち上がる。
「やっぱりアイス食べたい。シャワー浴びたら一緒に食べに行こっ」
「ええー、スイカでいいじゃない」
「まあまあ、そう言わずに。今日はあたしが奢(おご)ってあげるから」



 ――― そして15分後。
 シャワーで汗を洗い流したばかりの肌が、強い日差しに熱せられる。
 ちょっとでも涼しい格好を、と思いタンクトップにハーフパンツ、足元はサンダル。頭には大き
な麦わら帽子。そして背中には薄手の白いワンピース姿の雪城ほのか。
 家を出る時、当然の顔をしてなぎさの背に覆いかぶさってきたのだ。
「なぎさのために張り切ったから、腰が痛くて歩けないの」
「へいへい。さようで」
 たちまち背中が蒸れてくるけれど、スイカでいいと言うほのかを連れ出した責任もある。あと、
間違っても『重い』なんて口にしてはいけない。
「おんぶするのはかまわないんだけど……」
 げんなりした顔で、なぎさが周りを見渡した。夏のまぶしい太陽に照りつけられて、道路は足
の裏がヤケドしそうなくらい熱くなっている。けれど、それ以上になぎさを暑苦しい気持ちにさせ
るのが、四方から押し寄せてくるセミの大音声だ。『ジジジジジジジジ……ッッ』と鼓膜に流れこ
んでくるアブラゼミの鳴き声のせいで、体感的な暑さがグッと増す。
「こいつらって、あたしたちがする前からずーーーっと鳴いてるよね」
「うん。ベッドの上のなぎさも、これくらいタフだったらいいのに」
「どんだけセックスさせる気……」
 両眉を力なくハの字に下げて、深々と溜め息をつくなぎさ。
「せめてもうちょっと小さく鳴くとかできないのかなぁ」
「セミのほうにも事情があるのよ」
「どんな?」
 なぎさに尋ねられて、ほのかが「そうねぇ…」と軽く考えてみた。
「ちなみになぎさは、わたし以外の女の子と結婚したいなんて思わないでしょ」
「当たり前じゃん」
「セミもそうなのよ。たとえば、わたしたちが人混みの中で離れ離れになってお互いの居場所が
分からなくなった場合でも、なぎさが大きな声でわたしを呼んでくれたら、ね?」
「あーっ、うんうん、分かる」
「こんだけたくさんいるセミの中から、なぎなぎゼミはほのかゼミを探さないといけないんだか
ら。大好きな相手と結ばれて、セミもめでたしめでたしなのよ」
「ハッピーエンドなんだから、うるさいなんて言っちゃ悪いか。…でも、なぎなぎゼミって何?」
「なぎなぎゼミは夜、寝てる時に鳴きます。鳴き声は『ぐごーっ、ぐごーっ』です」
「いびきじゃん、それ。……っていうか、毎晩うるさくてゴメン」
「そしてほのほのかゼミは、なぎさの樹液を吸うのが大好きです」
「吸ったらダメだからね!」
 その声で、うなじに寄せられようとしたほのかの唇がピクッと停止。くすくすっ、とイタズラっぽ
く笑って、その吐息でなぎさの首筋をくすぐる。
「ふふふっ、冗談にきまってるじゃない」
「どうだか。 ―――― ああああっ、しまったぁぁっ!!」
 なぎさが突然大声を上げた。一体何事かという顔つきになったほのかを背負ったまま、すご
すご…と方向転換して歩き出す。
「なぎさ?」
「財布持ってくるの忘れた」
「えー、なぎさがおごってくれるって言ったから、わたしもお金持ってきてないよ」
「もういいや、帰っておとなしくスイカ食べよ……」
 しかし、そうすぐにはアイスへの未練を断ち切れない。だらだらと汗をかきはじめた顔でセミ
の声響き渡る空を仰いで、「あーあ…」と情けない声を洩らした。


(おわり)