みんな一緒に明日へジャンプ! 01

 少女が天を駆ける。
 その身に纏うは花の精霊兵装。彩りは、太陽の赤が主体。生身の人間を聖霊クラスにまで
高めるバトルコスチュームだ。
 金の髪留めでまとめられた髪は明るく、真っ直ぐな瞳には強い意志の輝きが宿っている。ま
さに、それは伝説の戦士プリキュアの名に相応しき凛々しさ。
 足裏の虚空に生み出した精霊光を爆発させ、その衝撃に足を乗せながら、階段を駆け上が
るように空を駆け昇るという無茶な空中走法。
 ただひたすらに、上へ、上へと。
 その世界の天は、宇宙へは続かない。たそがれ色の時空境界が天蓋となって、その世界を
覆っていた。
 木・火・土・金・水・空・太陽。フィーリア王女と七つの泉の精霊たちが、防波堤として生み出し
た七楯の世界。ここはその内の一つ、<木の亜界>。遥か眼下を見下ろすと、果てしなく樹々
の緑が広がっていた。
「…うわっ、高っ!?」
『ブルームっ、バランスを崩しちゃ駄目ラピーッ!』
 地球でならば成層圏近くにまで達している上空でぐらついたパートナーに、花の精・フラッピ
が冷や汗をかいた。
「よっ…と、アハハっ…ごめんごめん」
 墜落死する危機をニッと笑い流して、キュアブルームが体勢を立て直した。なるべく下を見な
いようにして、足元でパッ、パッと精霊光を連続で弾けさせて、空中に立つ。
 まったく反省の色のないパートナーに、ブルームの右腰手前に装着されたホルダーの中で、
フラッピが深々と溜め息をついた。
『伝説の戦士がこんな調子じゃ、世界はもうおしまいラピ…』
「そんなことないよっ。大丈夫だってば……多分」
「…………」
「あ、イーグレットだっ。イーグレット―――ッ……わわっ!」
 手を大きく振った途端に再び体勢をぐらつかせて、フラッピに『コラーッ!』と大声で叱られ
る。
 遠くに見えたキュアイーグレットの姿がぐんぐんと大きくなる。キュアブルームのスマートさの
目立つバトルコスチュームと違って、こちらには姫君の纏うドレスの趣(おもむき)が見られる。
このバトルコスチュームは鳥の精霊兵装にて、彩りは無垢な純白。
 ツヤツヤしい豊かな黒髪をまとめて白いリボンでアップにし、深く、優しげな視線でキュアブル
ームを捉えていた。
 背に生み出した白鷺の翼で一直線に空を駆け、キュアブルームの目前で、バサッとブレーキ
をかける。
「大丈夫?」
 わたわたと危なっかしい空中ダンスを踊っていたキュアブルームの体を抱きとめ、くすっと笑
う。左腰手前に装着されたホルダーの中で、鳥の精・チョッピが一緒に苦笑した。
 少女二人に、精霊二体。
 日向咲と美翔舞は、フラッピとチョッピを媒介にして、お互いの魂魄を結合昇華させ、伝説の
戦士プリキュアへと姿を変える。
 プリキュアとは世界守護の要(かなめ)にて、危機に際し、世界が希望を託す二人一組の戦
士。
 とはいえ、「あははは」と能天気に笑い、「くすくす」と慎ましく笑みを洩らしている今の二人は、
年相応の可愛らしい娘だ。
 キュアブルームに気をとられっぱなしのキュアイーグレットに代わって、チョッピが白鷺の翼を
はためかせ、浮遊を続ける。いつまで経っても終わりそうにない和やかなムードに、焦れたよう
にフラッピが訊ねた。
『…で、どうだったラピ? "星喰い"たちの気配はあったラピ?』
 その一言で、二人の空気が変わった。キュアブルームに頷いて、キュアイーグレットが言っ
た。
「境界点に、かなり大きな時空震の揺らぎが見えたわ」
『第二次大侵攻の時と同じくらいだったチョピ』
「ってことは、また、すっごい大物が来るってコト?」
 その時、<木の亜界>そのものがガガンッ!と大きく揺れた。
 空の彼方に黒点の塊が見える。それは、数千ものナメンナーの大群。七楯の世界を破壊し、
生命に溢れるこの星を、闇の最高神ダークネスに捧げんとする邪悪な走狗。
『ナメンナァァァァ――――ッッッッ!!!!』
 破壊を呼ぶ怒号が空に響き渡った。プリキュアたちは、顔を見合わせ、頷く。
「…やっぱり、空で迎え撃つことにして正解だったね。ここなら、どんなに暴れても被害でないも
んね」
 キュアブルームが手の平に、パシッと拳を叩きつけた。
「じゃあ、いくよ、イーグレット」
「ええ」
 キュアブルームがクラウチングスタートの姿勢から、足裏より精霊光を最大出力で噴射。文
字通りロケットとなって突っ込む。キュアイーグレットも、白鷺の翼を本来の姿であるセラフィム
ウィングへとシフト。空気の壁を音速で切り裂きながら突入する。
「とぉぉぉぉりゃああああああああああああああっっっっっ!!!!」
 無数の敵に対し、精霊の光をまぶしく咲かせた両手両脚が舞い踊る。精霊勁を極めたキュア
ブルームの拳と蹴りは、無敵にて無敗。鬼神をも降す破邪の神撃だ。一撃ごとに百敵殲滅、ナ
メンナーをまとめて消し飛ばしていく。
「てぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええいっっっっっ!!!!」
 戦場にて、真空が舞う。キュアイーグレットの速度を捉えられるものはいない。光り輝く二枚
の翼を聖剣と化し、正確無比にナメンナーを斬り倒す高機動の断頭台。痛みも苦しみも与える
ことなく、鋭い一閃で全てを終わらせる冷徹な慈悲の女神。
 数千に対し、その数たった二人。だが、空の戦場を支配しているのは、たった二人のプリキ
ュアだった。
 精霊の光は百花繚乱。斬光の輪舞は空を駆け巡る。
 闇の軍勢は瞬く間に駆逐されて、もはや、残りのナメンナーの数は五百を切った。
「あともう一息だよっ、イーグレット」
『邪悪な気配が来るチョピ!!』
 チョッピの警告に、イーグレットが瞬時に反応した。
 プリキュアたちの頭上で、時空境界が音もなく裂ける。体当たりの勢いでキュアブルームをさ
らって、キュアイーグレットが領域離脱を行う。その直後に、高濃度の邪悪な波動に包まれた
巨大な質量が、振り下ろされる鉄鎚のように降下してきた。真下にいた残り総てのナメンナー
が一瞬で叩き潰される。
 降臨したのは、上半身のみの巨大な女神像だった。
 ダイヤよりも硬い未知の石材から切り出された上半身は、美しさと神々しさと邪悪さの三位一
体。聖母の如き慈愛に満ちた表情をたたえているが、細められた両目の奥に覗く血のように
紅い水晶の瞳は、全ての生命を嘲っていた。
 無き下半身の代わりに女神像を戴くのは、八頭の機神竜の首を刎ねて造られた八つ首の蓮
華座だ。それぞれの顔に八卦の方位を睨ませ、腰の下で、八つの首の付け根を一つに融着。
 空間を軋ませつつ、女神像がプリキュアのいる方へ体の向きを変えた。視線を受け、そのお
ぞましさに、ホルダーの中でフラッピとチョッピが震え上がった。
 女神像が笑みを彫刻された口から、朗々と言葉を紡ぐ。
「わたくしは、ダークネス様に仕えし七邪神が一柱、グレンシーザ」
 そう名乗っただけで、空間が邪気に飽和した。その名自体が忌まわしき呪いのワードだ。
「あなた方がこの星の守り手、プリキュア……ですね?」
 気高く、そして、底知れぬ深き闇の声音。プリキュアたちの魂に怖気が走った。それでもキュ
アブルームは気丈な姿勢を崩さず、「そうよ!」と言い返した。
 グレンシーザはおもむろに頷き、
「……では、アレを御覧なさい」
 と、美しく造形された指で、天の一角を指差した。
「えっ、なになに?」
「アレ…?」
 キュアブルームとキュアイーグレットが、素直に指差された方向へと顔を向けた。
『ブルームッ、イーグレットッ、危ないラピ――ッ!』
 その声にハッとなるプリキュア。
 唐突に、正面を向いていた機神竜の口が開き、
 轟ッッ!!
 吐き出された爆炎は、神殺しの凶気を帯びていた。精霊の防御力程度では、容易に焼き尽く
されてしまう。それが、一瞬前までプリキュアのいた位置を焼き払った。
「あぶなー…って攻撃セコすぎっ!」
 フラッピの警告がなかったら、もろに食らっていたところだ。二手に分かれて逃れたプリキュ
アに対し、今度は八つの口が同時に開いて爆炎を吐く。
「おとなしく焼却されるのです、プリキュア。わたくし、今日は従姉妹のお通夜があるので、早め
に帰らないといけないのです」
 厳かに告げる女神の声に、キュアブルームが「うそつけぇぇーッ!!」と怒鳴り返した。
 八方位への攻撃は、キュアブルームを完全に狙いから外していた。だが、キュアブルームの
背筋を冷たい戦慄が撫でる。精霊光を爆発させ、その衝撃に乗って大きく跳ぶ。杞憂にあら
ず、キュアブルームがいたはずの空間へ、爆炎が正確に叩きつけられた。
(攻撃が――)
 再びキュアブルームの背を冷たい戦慄が撫でた。まるで、彼女の回避先を予測していたよう
に、正面から爆炎が、そして背後からも。
 死へと繋がれる瞬間が、やけに長く感じられた。熱波が喉を焼くせいで呼吸が出来ない。迫
りくる炎に対し、とっさに精霊光のシールドを展開するも、そんなものは一瞬で焼き尽くされてし
まい――――。
 キュアブルームの体が、爆炎に照らされる。精霊兵装では防ぎきれない熱に、皮膚を炙られ
る。
 刹那、
「ブルームッッ!!」
 滑空してきたキュアイーグレットに突き飛ばされ――――。
 その直後、キュアイーグレットの姿が神殺しの爆炎に呑まれて――――。
 彼女の名を叫ぶ声すら出せずに、精霊の制御を失い、キュアブルームは遥か下の地上へと
落下していった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 朝にはまだ少し早い時刻。厚い雲にさえぎられ、今日は太陽が覗くことはないだろう。
 来るつもりはなかったが、世界の外側があまりにも騒然としているのに不安を覚え、つい様
子を見に来てしまった。
 滅びより生まれ、滅びへと還る運命だった少女。
 霧生薫は物音一つ立てずに部屋へと侵入。
 ベッドをそぉ〜っと覗き込んで、みのりが穏やかに眠っているのを確認する。
(こわい夢は見ていないようね)
 戦闘中は誰よりも鋭い眼光を放つ蒼い瞳も、みのりの前では優しい。
 みのりの寝顔を眺めながら、ベッドに腰掛ける。
 この前、青いストレートのロングヘアをみのりに「すごくキレイ」と褒めてもらったのを思い出
し、思わず自分の髪を撫でてしまう。
「ん…」
 みのりが小さな声を洩らした。恐れを知らない戦士が、ビクッと硬直した。
 まだ眠たげなまぶたを手の甲でこすりつつ、寝ぼけ眼を開いた。
「……あれっ? 薫お姉さんっ?」
 薫が自分の唇に右手の人差し指を当て「しーっ」とお願いする。みのりが頷きながら上体を起
こした。
 薫が小声でみのりに詫びる。
「ごめん。起こしちゃった…」
「いいよー。……それより薫お姉さん、どうしてみのりの家にいるの?」
 当然の事を訊いてきたみのりに、薫が答えに詰まった。何か適当な用件を思いつこうと苦心
している薫の左袖を、みのりの小さな両手が取った。
 長い袖の中身は空っぽ。左腕は、"星喰い"の第二次大侵攻の折、<水の亜界>の戦闘で
失ってしまった。薫自身、その事にはあまり頓着していない。だが、みのりが、この空っぽの袖
を見るたびに表情を曇らせるのがツライ。
「ねえ、薫お姉さん」
「うん?」
 空っぽの袖をじっと見ながら、みのりが言った。
「みのり、いっぱい勉強がんばったら、お医者さんになれるかな?」
 どういう気持ちでみのりがそんなことを口にしたのか? 思索の必要は無い。
 薫は黙って、右手でみのりの体を抱き寄せた。
 この時ばかりは、左腕を失ってしまったのが悔しくてたまらなかった。両腕でみのりの体を抱
きしめてやれないのが悔しくてたまらなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 病室の窓を開けて、身を乗り出す。ここは三階だ。
 赤い髪の少女は、迷うことなく、全身を窓の外へ――。
 重力をたやすく制御して、トンと地面に降り立った。
 空を厚く覆う雲を、紅い瞳が射抜く。
時空の向こう側までは見通せないが、大切な二人の友が闇の軍勢と闘っている気配を感じ
る。
「咲……舞……」
 霧生満が手の平にポゥッと破壊の光を生み出してみた。威力は全快時の一割にも満たな
い。二人の戦いの役に立てない今の衰弱しきった体を呪う。
 闘いの果てに、指先一つ動かせぬ状態となって倒れ伏していたところを保護され、半強制的
に入院生活。元ダークフォールの戦士として受け入れがたい境遇だが、
「ミチル、だめムプ!」「まだじっと寝てるププ!」
 病室の窓から、スゥーっと姿を覗かせたのは、月の精・ムープと風の精・フープだ。咲からお
目付け役を頼まれている小さな友人たちが、病院からの脱走を許してくれない。
(病院にいたからって、治るものでもないのに……)
 やるせなく大きな溜め息をつく。だいたい、普通の人間ではない満がこんな所にいると、色々
と誤魔化さねばならない事が山ほど出てきて、逆に大変だ。
「ちょっと散歩に行くだけよ」
 軽く手を振って破壊の光を消し、ふわり、と病院の高い壁を飛び越えた。まだ長時間の飛翔
は無理。タッ、と軽い足音と共に歩道に降り立つ。行く当ても無く歩き出した満の後ろから、歩
道を駆ける足音が近づいてきた。不意にそのペースが落ち、満の近くで止まった。
「……霧生さん?」
 聞き親しんだクラスメートの声。こんな時間に? と思いつつも満が振り返った。
「あら、仁美じゃない」
 長身の伊藤仁美は、トレーニングウェアに身を包んでいた。そこから察して、満が会話を続け
る。
「自主練ね。こんな朝早くから」
 よくは見ていなかったが、病室を抜ける際、時計の針は5時を指したばかりだったと思う。
「あっ、うん、わたしはマジそうだけど……」
 仁美が病院の高い壁をちらりと見上げた。
 満がこの病院に入院中なのは、彼女も知っている。見舞いにも何度か来た事がある。
「…で、霧生さんは何でこんな所に?」
「え? その、ちょっと……ね」
 入院患者がこんな時間帯に散歩はマズイかと常識的に考え、言葉を濁した。しかし、仁美か
らそれ以上の追求はなく、逆に何やら口ごもっている様子だった。
 小さな沈黙の後、意を決したように、
「マジ前から思ってたんだけど、霧生さんてさ、わたしのこと、名字じゃなく名前で呼ぶよね」
「…あっ」
 言われてみればそうだ。知らぬ間に咲の影響を受けていたらしい。彼女は主に女友達を名
前で呼ぶので、満もごく自然と、それに倣っていた。
(もしかして馴れ馴れしすぎたとか? まさか、仁美を嫌な気持ちにさせた……?)
"星喰い"の軍勢を前に、一片の恐れも抱くことなく闘った満ほどの戦士が、不安を露わにして
一歩あとさずった。
 けれど。
 仁美が勢い込んで口にした次の一言で、その不安は打ち砕かれた。
「わ…わたしも、霧生さんのこと……満って呼んでいいかな!?」
 嬉しさを笑顔に載せながら、満が頷いた。
「もちろんよっ!」
 それから、しばらく仁美と談笑した。最後に、仁美が空模様を気にして、
「それじゃね、満。雨降ってこないうちに、マジ病室戻った方がいいよ」
 笑顔で別れを告げながら、ランニングに戻った。その後ろ姿に、満が小さく手を振った。
 仁美の姿が見えなくなっても微笑みの表情は崩さず、スキップのような軽やかさで壁を飛び
越える。
 病室へと戻る前に、重苦しい曇天を仰ぎ見た。
「大丈夫よ、仁美。雨なんて降らないから」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 心地よい日溜まり。
 優しく降り注ぐ太陽の光を、パンパカパンの屋外テーブルに添え付けられたパラソルが受
け、その温もりをやんわりと咲へと伝えていた。
 屋外テーブルに並べられたイスは二つ。
座っているのは、咲一人だけ。
咲が、テーブルを挟んだ向こう側の、空っぽの席を力無く見つめる。頬には、何度も涙の伝っ
た跡が残っていた。
「……さ〜〜〜き、さ〜〜〜き」
 いつの間にか、テーブルの上に実体化したフラッピが乗っていて、咲の注意を引こうと小さな
両手をパタパタと振っていた。
 咲が、生気を失った視線をフラッピへと向けた。
 フラッピが、力強く励ましの言葉を口にする。
「咲、大丈夫ラピ! しっかりするラピ!」
「しっかりしたって……もう仕方ないじゃない」
 視線同様に、生気を欠いた声。
 一番大切な人を失った瞬間、プリキュアとしての日向咲は終わった。今はただ、無力な少女
が抜け殻のように残っているだけだ。
「だって……だって、舞が……」
 胸の奥から深い悲しみと絶望がこみ上げてきた。うつむかせた顔を両手で覆う。嗚咽が言葉
の続きをふさいだ。
 悲嘆にくれている少女に、フラッピは微塵も容赦なかった。いったんテーブルの端まで下が
り、続いて前方へ猛ダッシュ、そして跳ぶ。フラッピの短い脚から繰り出された空中後ろ回し蹴
りが、咲のこめかみに叩き込まれた。
「舞はまだ死んでないラピ――――ッッッ!!!」

「えっ?」

 一秒にも満たないほどの短い夢想から、キュアブルームが覚醒した。
 目の前を埋め尽くすのは紅蓮の彩り。そこから、超高速で射ち出されてきたのは、翼を無くし
たキュアイーグレットの身体。
 セラフィムウィングを構成する精霊の力を光速燃焼させ、限界を無視した驚異的な加速を短
距離間で実現させるバーストダイブ。神殺しの爆炎が焼いたのは、キュアイーグレットの残像
のみだ。精霊兵装と一体化し、強化された肢体は、無事な姿を留めていた。
 だが、バーストダイブは、レールキャノンにも匹敵する加速力の代償として、殺人的な衝撃を
使用者にもたらす。言わば、生身の人間が、背後から猛スピードの車に突っ込まれたようなも
のだ。
 完全に意識をブラックアウトさせて、重力に引かれて落ちていくキュアイーグレット。その右手
を、からくもキュアブルームの左手が掴んだ。ホッとする暇もなく、標的を逃した炎が轟きなが
らくねり、真下にいるキュアブルームたちに襲い掛かってくる。
 ――逃げられない!!
 キュアブルームが、突き出した右手で精霊光のシールドを展開。しかし、結果は先程と同じ。
瞬時に焼き尽くされてしまう。…が、その下から、新たな精霊光の輝きが次々と溢れる。
 一瞬で焼かれてしまうのならば、間断なくシールドを張り直し続ける。それが、今、キュアブル
ームの取れる唯一の手だった。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……っっっ」
 キュアブルームが歯を食いしばる。そこへ、さらに二条の爆炎が叩きつけられた。凄まじく重
い衝撃が、シールドを張る手の平に炸裂。五本の指が折れそうなほど反り返る。
「……ッッ!!」
 悲鳴は言葉にならなかった。シールドの防御が緩み、右腕の肘から先が熱波に舐められる。
腕を焼かれる恐怖に、キュアブルームはパニックを起こしかけた。
(ダメッ! 頑張んないと、あたしだけじゃなくイーグレットも――)
 意識を気丈に立て直す。だが、次の瞬間に待っていたのは絶望だった。
 シールドを形成する精霊の光が、急速に弱まってきている――。
 キュアブルームの精霊の力は、ほぼ底を尽こうとしていた。これほど無茶なシールドの運用
を考えれば、当然の結果といえる。
 爆炎の熱波が、右腕全体を包んだ。皮膚だけでなく、神経を直接火で炙られるような激痛。
キュアブルームの表情が無残に歪んだ。あまりの痛みに、悲鳴を吐く余裕すらない。
 腕をへし折るような衝撃と共に、爆炎がもう一撃きた。キュアブルームは……咲は、自分の
死を確信した。
(…でもね、でもね、あたし、舞には死んでほしくないんだ)
 瞬間、咲の魂が狂おしく暴れた。キュアブルームが爆炎に向かって吼えた。
「舞を…舞を…死なせるもんかァァァァァ――――ッッッッ!!!!」
 断末魔のごとき絶叫を、シールドの向こうに押し寄せた炎が無情に呑み込む。キュアブルー
ムが涙をためた両目で、爆炎を睨みつけた。