60分のシンデレラ 01


 世界が軋む。
 鏡の国の辺境に広がる大地と、黄昏色に沈んだ空。
 白熱を孕む空気の中を、幾つもの影が同時に駆ける。
「たあァッ!」
 ローズピンクの髪をなびかせ、ダークドリームが果敢に間合いを詰めていく。敵は水銀のよう
に不定形、そして変幻自在の流体金属で構成された怪物だ。ダークドリームの突撃に対し、反
射的に体の一部を肥大化・変形させて、巨大な触手を生み出す。それは鞭のようにしなりなが
ら、ダークドリームへと伸びた。
「カウンターのつもりっ? 甘いッッ!」
 触手の先端がさらに変形、巨大な口吻と化し、刀剣のような乱杭歯でダークドリームを噛み
砕こうとするも、彼女が右手の平に爆発性のエネルギーを溜めて迎え撃つほうが速い。

『ドンッッッッッ!!!!!』

 大爆発が巨大触手を呑み込み、その余韻も覚めやらぬ内に、今度はダークアクアが両手で
握った短いロッドを振り下ろす。『ドン!ドン!ドン!』と不可視のエネルギーが立て続けに炸
裂。
 そして、空を舞うようにジャンプしたダークレモネードが、ほっそりした右脚で大気を蹴り裂い
た。その動きは閃光の刃を解き放つ引き金だ。
「ダークネス・フラッシュッッ!!」
 叩きこまれる光の刃がトドメとなった。

 エネルギーを吸収する敵の特性を凌駕する量の攻撃を加え、過剰的に殲滅する。触手は黒
い塵となって崩れ落ちた。しかし……。

「あまり有効とはいえないな」
 経過を見ていたサウラーが冷静に判断する。倒したとはいえ、それは敵の一部だ。総力戦の
ような集中攻撃を浴びせた戦果にしては低すぎる。
 冷たい美しさに彩られた青年の評価を、遠く離れているにもかかわらずダークドリームの鼓
膜が拾って、すかさず罵声を返す。
「だったら、あなたが何とかしなさいよっ、このロン毛!」
「ロン…っ!?」
 絶句したサウラーの背後で、土煙が噴き上がった。敵がまたしても体の一部を触手化させ
て、地中を掘り進んできたのだ。
「フンッ、奇襲にしては芸が無さすぎる」
 あまりにも予測の範疇内。すでにサウラーは反応している。黒い幹部服の姿が華麗なステッ
プで後ずさって、拳打によるカウンターの予備動作に移る。けれど、そこへ凄まじい横槍が入っ
た。
「ダークネス・スプレッドッッ!!」
 エメラルドに輝く光弾 ―― 大きさは大人のコブシ程度 ―― の弾幕が横殴りに巨大触手へ
と叩きつけられ、その怒涛の衝撃によってサウラーへの攻撃をストップさせた。
「チッ」
 露骨に舌打ちして、サウラーが巨大触手に肉薄。エネルギーの吸収反応を示している触手
へ拳撃の集中打を浴びせる。敵を胃袋にたとえるなら、そこに強烈なボディブローを食らい続
けるに等しい。
 全体を悶えさせて消化不良に陥っている触手からサウラーが身を引くと同時に、
「ダークネス・ファイアーッッ!!」
 紅い光線の乱舞が触手を焼き尽くして、黒い塵へと変えた。
 サウラーが、闇色の衣装に身を包んだ少女二人を睨みつける。
「助けてくれと言った覚えなどないが?」
「あら、助けてあげた覚えはないけど? わたしたちは敵を攻撃しただけで」
 艶然(えんぜん)と微笑する暗緑色の髪の少女。そこに夕焼け色の髪の少女が並び、挑発す
るみたいに野性味のある笑みを浮かべた。
「もしかして美少女二人に助けてもらって照れちゃってる? ロン毛のイケメンくん」
 サウラーが表情を消して、突き刺すような氷の視線を二人に送った。けれど、感情に突き動
かされるほど愚直な男ではない。
(利用できるうちは、敵に回す必要もない)
 どこの誰とも知れぬ連中と力を合わせる気はないが、この闇の気配を色濃く残した少女たち
がいれば、多少なりとも戦局はこちらに有利に傾く。
 サウラーは憎々しげに、敵を見つめた。軽く二メートルを超える身長の、歪(いびつ)な人型。
頭部は無く、銀色に鈍くかがやく右半身だけで立っている。そして、その欠けた左半身の部分
には、気絶したイースが東せつなの姿のまま取り込まれていた。
(取り込まれているのがイースじゃなく、せめてコイツだったら ――― )
 サウラーの足もとに半分埋まっていた黒い幹部服の偉丈夫が、ガバッ、と身を起こした。
「おいっ、イースは!? イースはどうなってる!?」
 その声を遠くから聞きつけたダークドリームが、ダダダダダッ…と駆け戻ってきて、彼の頭を
思いっきり踏みつけた。
「あなたのせいでっ! この馬鹿トンチキ!」
 そもそもこの男こそが元凶なのだ。あの時、ダークプリキュアがとっさにビル側面のガラスを
『鏡』にして、まとめてこちらの世界に移動させなければ、今頃街にどれだけの被害が出ていた
事か。


 ――― ダークプリキュア。ダークドリームを始めとして、ダークルージュ、ダークレモネード、
ダークミント、ダークアクアの五人の少女たち。
 彼女たちは、かつて世界の支配を目論んだシャドウが、プリキュアの性格を鏡面反転させ
て、鏡の国の至宝たる五つのクリスタルから創り出した闇の戦士だ。
 同じく五人のプリキュアによって闇の宿命から解放されたのち、彼女たちは元のクリスタルに
戻って鏡の国に平穏をもたらしていたが……。


「せっかくキュアドリームに逢えるって時に! 余計な事してっ! こっちは時間だって限られて
るんだから!」
 怒り心頭、ダークドリームがヒールの先端をグリグリとねじる。だが、踏まれている男 ―― ウ
エスターは意にも介さず、その脚を払って立ち上がった。彼の瞳には、前方で敵に半ば取り込
まれている同胞の少女しか映っていなかった。
「イース、待ってろよっ! うおおおおおっっっ!!」
 サウラーと真反対の愚直な男がイース救出の特攻を再開。その背中をサウラーが、どうせま
たすぐにやられて吹っ飛ばされるだろ、と冷ややかな眼差しで見送った。
 敵の触手攻撃全てがウエスターに集中し始めたのを機に、ダークアクアとダークレモネードも
戦線を離脱。彼を放置して、サウラーたちがいる安全圏まで下がってきた。
「元気あるわね、あの人」
「どさくさにまぎれて、後ろからトドメ刺してやろうかしらっ?」
 おっとり高みの見物を決め込んだダークミントと違って、ダークドリームの鼻息は荒い。サウ
ラーは投げやりな風を吹かせているし、ダークルージュは味方ではない彼の隙をついて攻撃し
かねない。ダークレモネードはこの騒ぎに飽きたのか、あさっての方向を向いてアクビしてい
る。
 そんな統一性のない、バラバラな全員を見渡したダークアクアが、苛立ちを抑えて静かに溜
め息をついた。
「誰でもいいから、私にこの状況を説明してもらえない?」
 自然と皆の視線が、説明できそうな者へと集まった。つまり、サウラーのもとへ。

「どうなの?」
 説明できるのかと訊ねてくるダークアクアに、サウラーが事務的な口調で返した。
「アレの名は『フュージョン』……、より正確に言うならば、その存在のカケラだ。
 フュージョンは流体金属のボディと、あらゆるエネルギーを吸収して、自分の力に変換する能
力を持った謎の知的存在。
 今、ボクたちが戦っているアレは、プリキュアたちに破れた際に飛び散ったことで奇跡的に消
滅を免れた、残りカスみたいなものだ」
「そっか、キュアドリームたち、アイツと戦ってたのね。わたしたちが目覚める寸前まで」
 ダークドリームのつぶやきに、サウラーが小さく反応した。
(目覚める…?)
 しかし、すぐにその思考は中断させられる。ダークドリームがキッと強い視線をぶつけて来た
からだ。
「それで、あなたたちは、そのフュージョンを元気にさせて何を企んでいたの?」
「……それについては、ボクも納得のいく説明がほしい」
 サウラーが渋面を作った。思い出しただけで頭が痛くなる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 総勢14人のプリキュアとフュージョンとの闘いは、管理国家ラビリンスでも感知していた。
 サウラーたちの任務は戦闘後の現地に赴き、可能な限りの詳細調査をして、総統メビウスの
もとへ報告を上げることだった。
 南瞬、東せつな、西隼人の姿になった三人は、命令通り現地での調査を開始して、
 そして偶然にもそれを見つけたのはウエスターだった。
「わははは、イース、サウラー、コイツ見ろよ、ウネウネ動いてやがる!
 オイ、棒かなんか持ってこいよ。みんなで突っついてみようぜ!」
 サウラーとイースは思わず顔を見合わせた。体積的にはコップ一杯の水にも満たない量だ
が、それの放つ闇の気配はあまりにも濃厚。底の見えない谷間を覗きこんだような感覚を二人
の本能にもたらした。
「……けれど、かなり弱っているな」
 つぶやくサウラーが、より詳細に観察する。
 エネルギーの供給を完全に断たれたその存在は、放置しておけば一分としないうちに消滅し
てしまいそうだった。
(危険だが、サンプルとして持ち帰れないか?)
(……しかし下手をすれば、この存在はメビウス様に危険を及ぼすかもしれない)
 視線を交わしながら、共に思案するサウラーとイース。その隣で、ウエスターも彼なりに頭を
使った。ひどく、単純に。
(コイツをナケワメーケにしたらFUKOをたくさん集められるかもな。よしっ!)
 ――― スイッチ・オーバー!
 ――― ナケワメーケッ、我に仕えよ!

 ウエスターがフュージョンに放ったのは、総統メビウスの下で開発されたシェイプシフター。ひ
し形のカード的な形状から、ダイヤと呼ばれている媒介だ。通常ならば、ラビリンス幹部がまと
う闇の力を対象へと注入し、ナケワメーケという怪物に変化させる。
 しかし、フュージョンに起こったのは、暴走ともいえる化学反応だった。

『 ―――――――――――――――――――――――― ッッッッ!!!!』

 それを例えるなら、音の無い雷鳴か。
 ウエスターの黄色いダイヤから純度の高い闇の力が注ぎ込まれると、おぞましい空気を周囲
に撒き散らして、小さな全身を歓喜で沸き立たせた。
「クッ…!」
 その存在感が放つ爆発的な圧力は、一瞬とはいえサウラーたちの動きを封じていた。その
隙に、暗い銀色の粘液は急激に活性化。一気に数百倍ほども体積を膨張させた。それに要し
た時間は、わずか一秒強。異常に速すぎる。
(さ、最悪だ、ウエスター……、何を考えている……!?)
 まさに悪夢。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……ちょっとあなた、顔引きつってるけど大丈夫なの?」
 両手で頭を抱える寸前の姿勢で、サウラーがハッと我に返った。いつの間にか、ダークドリー
ムの顔がずいぶんと近づいて、彼の顔を覗きこんでいた。
 花のような匂いが鼻孔をくすぐった。さっきまでの生意気そうな感じは鳴りをひそめ、純粋に
サウラーを気遣う、いじらしい表情。
(そうだ、あの直後、不意を突かれたイースがフュージョンに呑み込まれて……)
 闇なる存在の気配に敏感なのか、駆けつけてきたダークプリキュアの五人がとっさの機転で
混乱の舞台をこちらの世界に移したのだ。
「あの捕まってる子……あなたたちの仲間なの? それとも、友だち?」
「強いて言うなら同僚だ」と、サウラーがきわめて無難な答えを返してから、ダークドリームのほ
うを向いた。
 彼女たちに少し興味が出てきた。鏡を使った空間移動。面白い能力を持っていると思った。
フュージョン同様に情報を採取して、総統メビウスに報告したほうがいい。
「ボクはサウラーだ。キミは?」
「わたしはダークドリーム」
 ダークドリームも簡潔に名乗り返す。
 サウラーが、ふと今気付いた…という感じで、さりげなさを装ってダークドリームに訊ねる。
「ところで、さっきキュアドリームと逢うとか言っていたが、キミたちってプリキュアとはどういう関
係なんだい?」
 言葉からトゲトゲしさを抜いて、冷ややかな美貌に微笑を乗せてみる。しかし、ダークドリーム
から返ってきたのは「…………」という硬い無言。
(あまり気を許してくれそうにないか)
 あっさりとサウラーが笑みを引っ込め、元の仏頂面に戻った。

 高度な科学理論で制御化された闇の力をまとっている相手に、警戒心を抱かないような馬鹿
はそれほど多くない。少なくとも、サウラーの視界の範囲内には一人しかいない。
 派手に響き渡る打撃音。野太い咆哮。フュージョンという消えかけていた火に、高質な燃料を
与えて再び炎にした張本人の奮戦に目をやりつつ、ダークドリームが口を開いた。
「……アイツ、助けに行かなくていいの?」
「必要ない。そろそろ帰ってくる頃合だ」
 サウラーの言葉が終わると同時に、巨大触手に弾き飛ばされたウエスターがこちらに吹っ飛
んできた。彼の落下軌道を読んで、全員がサッと避ける。
「 ―― ぐへっ!」
 大柄なウエスターの身体が大地に激突したのを合図に、ダークプリキュアたちとサウラーが
高速で散開。一瞬遅れて、足元の固い地面を『ドドドドドドドッッ!』と貫き、硬質な大槍と化した
巨大触手が何十本と突き出される。
「にょひょげえええええっっ!?」
 ウエスターがワケの分からない悲鳴を上げながら変な体勢で無事回避。「一本ぐらい刺され」
と本気で毒づくサウラーはもとより、ダークプリキュアたちも全員回避に成功している。
「わかりやすい力押しばっかりで、案外かわいいんじゃない?」
「ダークミント、油断しないで。足を引っ張られるのなんて嫌よ」
 ダークミントと背中合わせに合流したダークアクアが、ロッドの力を完全開放して、冷たい輝
きに満ちた蒼い大剣を実体化させた。
 さらに大地が震えて、流体金属の大槍が次々と地中から突き出される。
「あははっ、いくら来たってお〜んなじ!」
 ダークレモネードの小柄な身体が舞うように跳ね、それらの攻撃を可愛らしい動作で避けて
ゆく。
 少し離れた場所を駆けながら、ダークルージュもまた鼻で笑う。
「ハン、こんなツマンナイ攻撃、当たって…あ・げ・な・い、っと」
 足もとから狙い撃ちされるのを余裕を持ってかわしつつ、両手に炎の力を呼び覚ました。
 攻撃の空気を察知したダークアクアが、一本の大槍に狙いを定める。
「いくわよ!」
 次の瞬間、ダークアクアのスレンダーな肢体が疾風のごとく俊敏に動いた。ダークレモネード
の軽快なジャンプがそれを追う。
「てやあああっっ!!」
 裂ぱくの気合と共に、袈裟懸けの斬閃。それと交差して、逆袈裟に斬り上げる光刃。
 斬り飛ばされた大槍を、即座にエメラルド色に輝く光弾幕と熱線の連射砲撃が葬り去る。

「すごいね、キミたちは」
 サウラーが皮肉の響きをたっぷりとこめて、前を走るダークドリームに言葉を投げつけた。
「あんな効率の悪いやり方で、一本一本丁寧に処理していく気かい?」
 ムッ、としたダークドリームが言い返そうとした時だった。
 ダークドリームは直感的に、サウラーは鋭い観察力で、二人がほぼ同じタイミングで気付く。
 すぐ近くに生えている流体金属の大槍が、かすかに発煙している。
 地上に突き出された大槍は、時間経過と共に流体金属の組成が化学変化してゆき、強力な
爆発性を帯びる。そして、敵の接近に反応して、自動的に起爆信号が流れるのだ。
「 ――― ッ!」
 サウラーが、しまった、という顔になった。敵の知能レベルをウエスター程度と侮っていたの
仇(あだ)になった。回避の動作が間に合わない。
 流体金属の槍が閃光と共に、『ドォンッ!!』と爆発の大音響を奏でた。


 高熱を吐き散らす爆轟の衝撃は、思っていたよりも温かくてやわらかい。
( ―― 違うっ)
 サウラーが慌てて意識を目覚めさせるが、身体に被さる重みでとっさに動けない。
 花のような匂い。
 サウラーが顔を歪めたのは、全身に鈍くうずく痛みのせいではない。
「誰が…助けてくれと頼んだ……?」
 ダークドリームがうっすらと瞳を開いて微笑んだ。
「頼まれて……ない…よ? ……でも……キュアドリームなら、きっとこうするだろうなぁ…って」
 危機を感じた瞬間、ダークドリームの身体は動いていた。我が身を盾にして、大槍の自爆攻
撃からサウラーを守って一緒に吹き飛ばされたのだ。
「わたしって……何やってるんだろ? 時間…、60分しか、ないのに……」
 震えながら持ち上げられた右手が、胸の中央部を飾るクリスタルに触れる。今にも砕けてし
まいそうな程の深いヒビ割れが刻まれている、そこに。

「…どういう事だい?」
 ラビリンスのための情報収集ではなく、純粋にサウラーは訊ねていた。そんな自分に少し驚
く。
 さっき質問した時とは違い、ダークドリームもちゃんと答えてくれる。
「わたしたち……この鏡の国に受け継がれて、きた……クリスタルなの。今の、姿……まだ残
ってる……闇の力……使って……そういうの、あまり良くないって、分かってる…よ…」
 とぎれとぎれの、弱々しい言葉の羅列。
 カチッ。
 震える指がヒビ割れたクリスタルをなぞり、硬い音を立てた。
「でもね、この力が使える……うちに……どうしても、プリキュアに……もう一度だけ……」
 キュアドリームの声を鼓膜によみがえらせて、ダークドリームが両瞼を下ろした。弱々しい声
音に、穏やかな温もりがこもる。
「ホンモノとかニセモノとか、関係ないって……キュアドリームはね、わたしを友だちだって……
言ってくれたの。だからね、他のみんなも……プリキュアと友だちになってほしいなぁって……」
 いつまでも寝ているわけにはいかない。
 サウラーがダークドリームの肩を強く抱いて、歯を食いしばって立ち上がる。あちこちで爆発
音が鳴り響いているが、頭がクラクラしていて場所が特定できない。
 何か思い出せそうだった。
(そうか、……『シンデレラ』……か)
 FUKOを効率よく収集するためのネタを探して、そんな童話を読んだ記憶がある。
「つまりキミたちは姿を変えて、プリキュアの待つ舞踏会へ行こうとしていたワケだ。60分後の
鐘の音を合図に、悪い魔法は解けてしまうみたいだけど」
 よく考えたらカボチャの馬車もないし、ガラスの靴もない。徐々に鮮明になっていく脳内で、ず
いぶんと設定を取りこぼしているなと自嘲する。
「しかし、これだけ暴れたんだ。残っていた闇の力もかなり消費しているだろう。60分どころ
か、あと10分だって持つかどうか……」
 サウラーが手品師めいた仕草で、緑色のダイヤを取り出した。それを容赦なく、ダークドリー
ムの胸のクリスタルに突き立てる。
「あっ…うぅっ!」
 サウラーの腕の中で、ほっそりしたダークドリームの肢体が、ゾクッ…と震えた。
 体の内側に、高純度に精製された闇の力がゆっくりと流し込まれてくる。かつて彼女の主か
ら与えられたものと同じくらい冷たいけれど、
 ――― 彼がくれる力は不思議と優しい感じがした。
「助けてもらった借りは、これで返したぞ」
 サウラーの突き放すような声に、うっすらとダークドリームが瞳を開いた。
「……あなたがいてくれたら、わたし……ずっとこの姿でいられるね」
 魔法をかけ直されたシンデレラが、悪い魔法使いの端正な顔をのぞきこんで微笑む。

 唐突に、彼女の足もとで地面が震えた。
 槍と化した巨大触手の奇襲 ――― だが、地下から繰り出されようとしていたその攻撃は、
ダークドリームの右足によって、力ずくで踏み砕かれた。
「ダークドリームッ、無事!?」
 駆けつけてきたダークルージュに、ダークドリームが明るい笑顔を向ける。
「うん。なんだか……ちょっとパワーアップしてるかも」
 今は逆にダークドリームに支えてもらう形でうなだれていたサウラーが顔を上げた。どれだけ
の闇の力を彼女に与えたのか、表情はひどく憔悴しているが、眼差しの鋭さに曇りはない。
「二人とも聞け。敵についての考察が完了した」