“ It's Magical Show Time ! ” 01


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「お姉ちゃんが二人に増えてた? ……それは、ソックリリーを使った魔法よ」
 リコが、すっかり興奮して身を乗り出してきた朝日奈みらいを冷静に制しながら答えた。
 みらいと同じくまだ13歳だが、キリッと知性的に引き締まった面立ちは、年齢以上にしっかり
者であるという印象を相手に与える。
 秀麗な白貌とセットになっているのは、美しく手入れされたストレートのロングヘア。
 眉の上でパツンと前髪を、そして耳の後ろを通って肩へと流れるサイドや、背に流れる黒髪
の先も綺麗に切り揃えた髪型は清潔的で、生真面目な彼女にふさわしい。丸くてフワフワした
シュシュでトップだけをポニーテールにしたアレンジが、やや堅さを感じさせる雰囲気を、かわ
いらしい方向へと導いている。
 みらいのように、ふわっとした明るく澄んだ小麦色のショートボブで、無邪気な表情や振る舞
いを当たり前に見せてくる少女を太陽とするならば、リコは夜空で静謐に輝く月である。
 身だしなみはきちんとしており、清純さをアピールする魔法学校の制服に包まれた身体も常
に姿勢が良い。そして座学に関しては学年首位。
 魔法学校の模範生となってもよいぐらいの少女であるが、魔法実技がかなり苦手という短所
があり、ゆえに月に例えるならば満月ではなく、微かな欠けを覗かせた十六夜といったところだ
ろうか。

 二人とも4回目の補習授業を終えて、さっき魔法学校へ皆と一緒に戻ってきたばかりだ。
 リンクルスマホンに住まう妖精の赤ちゃん ――― はーちゃんがお腹をすかせているのを感
じたリコは、みらいにだけ分かる目配せでそれを伝えると、皆からこっそり離れ、本日はもう使
用する予定の無い講堂へ駆け込みんだ。そして、リンクルスマホンを使って離乳食を用意。
 急に姿が見えなくなったリコを気にする皆を何とかごまかしたみらいも、少し遅れて、モフルン
と共に講堂へ。 ――― その途中の廊下ですれ違ったのだ。全く同じ外見の、二人のリズに。

「ソックリリー?」
 みらいが小首を傾げる。ナシマホウ界では聞いた事がない単語だ。
 モフルンも同様。クマのぬいぐるみの姿で、愛らしく小首を傾げてリコを見上げている。
 リコが軽くうなずいて二人に説明する。
「ソックリリーっていうのは、鏡山脈に棲息するユリの花よ。魔法をかけることで、指定した相手
に変身して、お手伝いをしてくれるの」
 ちょうど、はーちゃんが離乳食を食べ終えたので、いったんそこで言葉を切り、座席に置いて
あった鍔広(つばひろ)の三角帽子を被って立ち上がる。
「便利だから、この魔法学校でも育てているわ。まだ時間あるし、行ってみる?」
「行く行く! 鏡山脈のソックリリーかぁ、……ワクワクもんだぁ!」
「モフルンも見たいモフ!」
「はー!」
 瞳を好奇心でキラキラさせたみらいとモフルン。この二人の雰囲気に影響されて、はーちゃ
んも行く気マンマンになったようだ。
 リコが自身ありげに笑って皆の先頭に立つ。
「じゃあ、ついてきて。せっかくだから、ソックリリーが人に変身するところも見せてあげる」
 ――― ふふっ、この前、学生用の図書館にあった専門書で、ソックリリー関連の魔法理論は
バッチリ勉強したもの。内容は全部頭に入っているわ。完璧よ。

 徒歩で校舎内を抜けていくよりも、いったん外に出て魔法のホウキで飛んだほうが早い。
 リコの案内で到着したのは、人気(ひとけ)のない研究用植物園。綺麗な花を見つけたみらい
が興味津々に顔を近づけるが、途端に花弁の奥から数本の細いおしべが『シュルルッ』と伸び
てきて、鼻孔をコチョコチョと刺激されてしまう。
「ふぇっ…ふえっっくしょんッッ!!」
 みらい、盛大にくしゃみ。
「それはクシャミンソウ。生き物のくしゃみを利用して花粉を飛ばす花よ」
 と、リコが説明する。
「こっちの花は何モフ?」
 モフルンが左手で指し示した先では、はーちゃんがパッパッと消えたり現れたりと繰り返しな
がら、同種の花から花へと瞬間移動していた。
「はーっ! はーっ!」
 大興奮しているはーちゃんとは対照的に、落ち着いた口ぶりでリコが知識を披露する。
「ワープルルンフラワーね。花びらにタッチすると、花全体がぷるるんって震えて、魔法の波動
を放つの。この波動を受けた対象は、他のワープルルンフラワーの前まで瞬間移動させられ
るわ。
 ――― まあ、移動させられると言っても、わたしの足で五歩ぐらいの距離が限度なんだけど」

 もう少し面白いものはないかと探すリコの目に留まったのは、花びらを虹色に光らせる低木。
「そうだ、これいいかも!」
 低木のそばに置いてあった小さなバスケットをモフルンに手渡して、魔法の杖を構えつつ指
示を出した。
「バスケットを木のほうへ掲げるように立ってて。そう、そのまま。……じゃあいくわよ、
 キュアップ・ラパパ! 花の蜜よ、金平糖になりなさい!」

 しゃらららら……。

 赤、緑、青、黄色…、色とりどりの綺麗な粒が軽やかな音と共に、モフルンの掲げた小さなバ
スケットに流れ込んできた。
「金平糖モフーっ」
 モフルンがさっそくバスケットを下ろして、金平糖を一粒手に取り、嬉しそうに口へと運ぶ。
 ……しかし。
「…………甘い味がしないモフ」
「うっ」
 と、一瞬たじろいだリコだが、すぐに表情を元に戻して、全て自分の計算どおりであるかのよ
うに振る舞った。
「ほ…ほら、甘いと虫歯になっちゃうでしょ? だから、あえて甘くないようにしたの。失敗したワ
ケじゃないから」
 リコは微かに顔を赤らめたまま、そそくさと歩いて、皆をソックリリーの所まで案内した。
「さあ、おまちかねのソックリリーよ」
 気を取り直したリコの手が示すのは、ラッパ型の花をつつましげに咲かせたユリだ。ただし、
その全ての花びらは、銀がなめらかに溶けたような美しい鏡面であり、リコたちの姿を含む付
近の光景をそこに映し出している。
「この鏡みたいな花びらに、変身させる相手の姿を映した状態で魔法をかければいいの。外見
だけじゃなくて、記憶や能力、さらに性格までもが同じになるのよ」
「すご〜〜いっ」
 リコを急(せ)かしたりはしないが、みらいはもう待ちきれないといった様子だ。
 彼女期待に応えるべく、そして驚かせてやろうと、スティックのような魔法の杖 ――― その先
端を飾る星型のクリスタルに意識を集中。ソックリリーに関する魔法理論を土台にして組み上
げた強いイメージを、杖の先端にみなぎらせる。
 リコが気合を込めて魔法の杖を振った。
「キュアップ・ラパパ! ソックリリーよ、みらいに変身しなさい!」
 輝きを帯びたクリスタルから放たれる神秘の光を浴びて、ソックリリーの花弁がまぶしく煌い
た。そして、その煌きが一気に膨れ上がったあと、ギュッと人のカタチへ収束する。

 リコが魔法を使ってわずか数秒で、もう一人の朝日奈みらいが皆の前に現れた。

(やっ…やったわ! すごい、大成功よ!)
 内心では小躍りせんばかりに喜んでいるのに、あくまで成功して当然というクールな態度を装
うリコ。その隣では、みらいがポカンと突っ立ったまま固まっていた。
 まるで鏡の中から出てきたみたいに背丈も服装も自分と全く同じ姿 ――― みらいは感動め
いた驚きにすっかり心を奪われていた。
 代わりに、はーちゃんが嬉しそうに反応した。「はー!」と満面の笑みで、ちょこちょこと駆け
寄ろうとするが……。
 突然、ソックリリーが変身したみらいがガバッとガニ股になって、雄々しく胸を張りながら、
「ウッホウホ、ウッホーッッ!」
 と、両手で激しく胸を叩き始めた。ゴリラのドラミングである。
「はぁ゛っ!?」
 はーちゃんが『びくっ!』と小さな体を震わせ、ぴゅーっとモフルンの後ろに逃げ込んだ。
「ちょ…、ちょっとみらい! はーちゃんを驚かせたらダメじゃないっ!」
「えー、なんでわたしに言うのっ? そっちのわたしに言ってよ!」
「あ、そっか」
 リコも少し混乱をきたしていたのかもしれない。あらためてソックリリーが変身したみらいのほ
うへ向き直り、状況を確認。
「ま…まあ、ゴリラって人間と同じ霊長類だから、一応、誤差の範囲に収まってるし…」
 すかさず後ろから、
「全然誤差の範囲じゃないよー!」
 という声が飛んできたが聞き流す。軽〜〜く、ちょっぴり、魔法の修正が必要なようだ。
「キュアップ・ラパパ! みらいよ、人間に進化しなさい!」
 魔法の杖から放たれる光を浴びて、ソックリリーが変身したみらいが一瞬硬直。
 そして ――― 
「コケーッコッコッコ、コケーッコッコッコ……」
「リコっ、わたしニワトリになっちゃってるよ〜〜っっ」
「ちょ…鳥類って、どうしてそっちの方向に行っちゃうのよ、みらい! キュアップ・ラパパ!」
「ホォ〜〜ホォロロッ! ホォッ、ホォッ、ホォッ!」
「今度は何っ? わたしがメチャクチャ跳び回ってるよ!」
「これはミチノクフッタチザルね。良かった、霊長類まで戻れた…」
「良くないよっ。ほらっ、わたしが押さえてるから早く魔法をかけて!」
 ソックリリーが変身したみらいの隙を突いて、本物のみらいがしがみつく。
 すかさずリコが魔法の杖を振った。
「キュアップ・ラパパ! みらいよ、素直にみらいになりなさい!」
「わっ、リコ、わたしにも魔法かかってるってば!」
「ケロケロ…、ケロケーロ、ケロケーロ」
「今度はカエルなの? …ええい、キュアップ・ラパパ! とにかくみらいになりなさい!」
「ニャォ〜ン!」
「キュアップ・ラパパ!」
「わんっ、わんわんっ!」
「キュアップ・ラパパ! キュアップ・ラパパ! キュアップ・ラパパぁぁっっ!!……」
……………………。
………………。
…………。

「リコぉぉっ! リコは可愛いねっ! リコ大好き! お手伝いするよ! 何でも言って!」
「ねえ、リコ……これって……」
「ちゃんとみらいになってるし。失敗なんてしてないし」
「わ……わたしってこんな感じなの?」
「確かにみらいはリコが大好きモフ。……でも、これはなんか違うモフ」
「リーーーコーーーーッ、おーて―つーだーいーーっっ、あははっ」
「こ…こらっ、みらい、そんなにぎゅうって抱きついてこないでよ」
「あーっ! わたしってばズルイ! わたしもリコをぎゅうってしたい!」
「わわわっ! ――― もおっ、二人ともやめなさーいっ!」
 二人のみらいに揉みくちゃにされるリコを、モフルンとはーちゃんのあどけない瞳が見上げて
いる。あからさまではないが、同情めいた感情がまなざしに宿っている。
 視線に気付いたリコが、ハッ、となる。
(いけないっ。これだと、まるでわたしが魔法を失敗してるみたいじゃないっ)
 完璧ではないけれど、九割方は成功している ――― というコトで処理してしまいたいリコにと
って、この状態は……。とにかくなんとかせねばと焦る。
 ……閃いた。
「あっ! そうだわっ、わたしったら魔法薬品の保管庫に用があるのを忘れていたわ。ねえ、み
らい ――― 」
「なに、リコ?」
「いや、あなたじゃなくて、こっちのみらいに言ったのよ。ねえ、みらい、少しお手伝いが必要な
んだけど、頼んでもいい?」
「いいよっ! リコ大好きっ!」
「じゃあ、わたし、みらいと一緒に保管庫へ行くから。みらい、はーちゃんをお願いするわね」
「……うん」
「……ほんとに大丈夫モフ? リコ」
「だ…大丈夫よ。全然平気っ」
 心配そうな視線に見送られながら、リコがもう一人のみらいを連れて、その場をあとにする。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 廊下を曲がり、皆の姿が見えなくなった所で、ふうっ…、と溜め息をつくリコ。
 彼女にベッタリとくっつくみらいは、嬉しそうにリコの首根っこ両腕を絡めてをギュッと抱きしめ
てくる。
「リコーーっ」
「ぐぐぐっ、こら、離れなさい……みらい」
 リコがその身体を引っぺがすも、またすぐにしがみ付いてこようとする。これでは普通に歩くこ
とすらままならない。
(もう、みらいったら! どれだけわたしのことが好きなのよ……)
 そういえば、みらいがリズに会ったと言っていた。万が一、姉である彼女にこんな場面を見ら
れたらと思うと、格好悪くて仕方がない。
「ほら、みらい、くっついてないで離れて歩きなさい」
「はーいっ。リコの言うこときくよ。リコ好きっ」

 リコの願いが通じたのか、幸いにもリズに遭遇することなく、校舎の外にある平屋建ての保管
庫に到着。大きさは、家を二軒繋いだぐらいか。今は学生たちが授業で使用できる程度のも
のしか置いていないが、昔は、扱いを間違えれば校舎が吹っ飛ぶレベルの魔法薬品を保管し
ていたため、堅牢な城塞を思わせる造りになっている。
 春休み中で人気(ひとけ)はないが、それでも注意深く周囲を確認してから、小声で魔法を使
う。
「……キュアップ・ラパパ、扉よ、静かに開いて……」
 魔法の杖から、いつもより控え目に放たれる光。魔法錠が音も無く解除され、重々しい観音
扉が滑るように開いていく。
 みらいを連れて中に入り、再び魔法を使って扉を閉める。
「うわー、真っ暗だーーっ」
「すぐに明かりをつけるわよ。 ――― キュアップ・ラパパ、照明球よ、光りなさい」
 天井に設置された照明球が、じんわりと光って保管庫内部を照らす。
 入り口のある壁を除いた三方の壁はどれも、魔法薬品やそれらの使用に必要な器具を納め
た棚で占められていた。昔と違い、全てが整然と整理されて棚の中に納まっているので、保管
庫中央のスペースは広々とした開放感がある。
「えーっと、必要な薬品はアレとアレと……」
「リコっ、お手伝いするよ! 何すればいいの!?」
「みらいは何もしなくていいわ。そのまま待ってて」
「じゃあ、大好きなリコのお帽子持っててあげる」
「ありがと」
 保管庫内の棚を回って必要な魔法薬品を集めたのち、金ダライを保管庫中央に置く。
「キュアップ・ラパパ! 金ダライよ、大きく広がりなさい!」
 リコの魔法を受けてグングンと面積を広げていく金ダライ。最終的には大人が数人並んで入
っても、まだまだ余裕ありそうな大きさにまでなった。

 ――― ちょっと大きくなりすぎた気がしないでもないけれど、小さいよりは断然マシよ。問題
ないわね。

 小さなプールサイズになった金ダライのそばにしゃがみ込み、薬品を手に取るリコ。そんな彼
女を、後ろからみらいが除きこんできた。
「ねえ、リコ、何するの? ねえねえ、お手伝いは?」
「今から魔法除去薬 ――― つまり、あなたを元のソックリリーに戻す薬を調合するの。
 ……魔法で元に戻すほうが一般的だけど、ただ、失敗してわたしのプライドが大惨事になり
そうな気がするし」
 小さな溜め息をつきつつも、金ダライの中に魔法薬品を流し込んでいく手付きは正確だ。大
切なのは、入れる順序とタイミング、あとは適切な分量。リコはしっかりと勉強して覚えている。
 ブクブクと泡立ちながら水量を増やしてゆく調合液に新たな魔法薬品を加えると、オレンジ色
に発光してヌメリを帯びる。そこにまた別の魔法薬品を注ぐことで、発光が消えて透明に。
「リコ、お手伝いっ、お薬いっぱい持ってきたよ!」
 作業に集中していたリコがハッとなって振り向くと、魔法薬品のビンやら小壺やらを抱えたみ
らいが明るい笑顔を浮かべて立っていた。
「ちょっ…、みらい、それってヒドラの洗脳薬に蝶人血清、あああっ、シビル魚の煮汁やヴィブラ
粉末まで! 駄目じゃないっ、勝手に棚から出してきちゃ!」
 ビックリしたということもあって、つい、強い口調でとがめてしまったリコ。
 しかし、しゅんっ…と、怒られた子供みたいに元気をなくしたみらいを見たら、途端に胸が切
ない苦しみに襲われてしまった。彼女の気持ちを察して、表情を緩める。
「ちがうの、みらい、ごめんなさい」

 ――― なにも面白がって持ってきたんじゃないんだもの。みらいは、わたしのお手伝いがし
たかっただけなのよね。

「ごめんね、みらい。あなたの気持ちは嬉しいんだけど……今回はその薬使わないから」
 優しく諭して、それらの薬品を二人で一緒に元の棚へと戻してゆく。
 そして、最後のビンを棚に戻してから、隣にいるみらいの顔をチラリと窺った。 ――― やっ
ぱり、ちょっと元気なさそう。
 そんな彼女のほうへ一歩、距離を詰めた。
 恥ずかしいけれど、思いきって言ってみる。
「わたしもね、みらいのこと、大好きだから」
 決してウソではないこの言葉で、みらいが元気を出してくれるなら……。
「 ――― 今、大好きって言いましたっっ!?
 嬉しいーーっっ、わたし、リコと結婚する!! リコのお嫁さんになるっっ!!」
「わっ、コラッ! 元気出しすぎよっ、みらいっ!」