Yes! ふたりはプリキュアっ! 05

『コワイナーーーーーッッッ!!!』
 コワイナーの巨体が、風の唸りを身にまとって加速する。第一波は正面から二体、右・左斜
め後方から、それぞれ二体。コンクリートを易々と砕く怪力の拳がプリキュアへと迫る。
 だが、キュアブレイブには、コワイナーに対処しようとする気配の一片すら窺がえない。横に
並んだキュアエスポワールへ、主人然とした口調で一言命じただけだった。
「エスポワール、無粋な客にはお引取り願いなさい」
「はい」
 キュアエスポワールが、頭上に高く掲げた両腕を、舞踊を思わす優雅さでクロスさせた。
「希望が導く聖なる奇跡 ―― 見せてあげるわ!
 プリキュア・エスポワールシールド!!」
 黄金色の粒子が、二人を大きく包み込むように散り吹雪(ふぶ)く。キュアエスポワールが紡
ぎ出すのは全方位展開型の聖なる防壁、光り輝く力場(フォースフィールド)の盾だ。
『コワイナッ!?』
 シールドに激突したコワイナーたちが、巨体に乗せた分の加速をそのまま反動として食らい、
弾き飛ばされる。倒れた第一波のコワイナーたちを踏みつけて殺到した第ニ波も、やはり同じ
運命をたどった。
「ハンッ!」
 唇をゆがめて笑うハイドラが、ユメとミルクのいる交番を鉤爪で指す。忠実な猟犬たるコワイ
ナーが三体、即座にそちらへ向かって突進していく。
「ひっ!」「ミルっ!」
 交番の中で、身を寄せ合って怯える二人の前に散り吹雪いたのは黄金色の粒子。交番をす
っぽり包み込む規模のシールドが瞬時に展開、勢いの止まらぬコワイナーが次々と激突して
倒れる。
「やらせないわ!」
 キュアエスポワールが、視線鋭くハイドラを睨みつけた。それをハイドラが嘲笑で受ける。
『メキメキメキメキ……』
 異様な音を響かせ、ハイドラの右手がみるみる肥大化していった。細身の身体とは釣り合い
の取れぬ、巨人の豪腕。五指の爪も歪(いびつ)な三日月の形状をさらに延ばし、ギロチン刃
の重みと妖刀の斬れ味を併せ持つ凶器へと進化を遂げた。
 パワーの塊と化した右腕を携えて、『ダンッ!』とイブニングパンプスを履く足が大地を蹴っ
た。前方のコワイナーたちの頭上を遥かに飛び越え、プリキュアの頭上には凶鳥の影を落と
し、猛々しく飛翔する先には交番があった。
「いけないっ!」
 天を仰いだキュアエスポワールが顔色を変えた。ハイドラの右腕は、ただパワーを強化した
のではない。腕の形が変わる程までに注ぎ込まれた莫大な量の闇のエネルギーこそ、真に恐
れるべきもの。微妙に右腕全体がぼやけて見えるのは、そのエネルギー値の大きさが負荷と
なって、空間軸をゆがませているせいだ。
 あそこまで高密度圧縮された闇のエネルギーを叩きつけられたならば、自分のシールドでは
耐えられない。交番ごと爆砕してしまう。キュアエスポワールの思考がそこまで至ったとき、すで
にキュアブレイブは動いていた。
 もはや空中から強襲を仕掛けるハイドラを止める事は出来ない。そう悟り、シンプルに結論
を出す。
(―― 撃ち落とす!)
 右の拳に燃えるような輝きが集う。燦然と眩しく、一気に燃焼して、澄みきった蒼い炎へと変
わる。
「勇気が生み出す灼熱炎 ―― 味わいなさい!
 プリキュア・ブレイブエクスプロード!!」
 キュアブレイブの振り放った渾身の右ストレートから、轟ッッ!!と、神威を束ねたサファイア
ブルーの炎がほとばしった。
「―― クッ!」
 音速で肉薄する蒼炎の爆流に驚愕の声を立てる暇もあればこそ、ハイドラの身体が空中で
陽炎(かげろう)のように揺らめいた。瞬間回避を可能とする超至近距離の空間跳躍。
 狙い撃ったキュアブレイブの一撃は、紙一重の差でハイドラを仕留めることなく、蒼い軌跡を
残して空へと消えて行った。だが……。
「チッ、それでも右腕が持っていかれたか……」
 完全に回避するには間に合わなかった。随分と軽くなってしまった身体の右側をしげしげと見
つめ、ハイドラが「ハハッ」と乾いた声で笑う。
 いまだ右肩の骨を炙ってくる余熱が、ハイドラの戦闘本能を狂熱へとかき立てる。それを無
表情の仮面の裏に封じ、視線だけを下に向けて、プリキュアを俯瞰する。
 鉄の融解温度を上回る威力に加えて、炎そのものが清浄なる破邪の光気に満ち溢れてい
る。ハイドラのような闇に属する者とって、キュアブレイブの存在は天敵ともいえた。
(フフッ、だが、それが楽しい……)
 ハイドラの金瞳が、流血の歓喜に輝いた。それでこそ殺し甲斐があるというもの。皮膚に馴
染ませてきた血臭が、濃厚な凶々しさを撒き散らす。
 重力を無視して、ふわりと羽毛のように軽く地上に降りていく。
 赤黒い空を背景にしたその姿は、まるで地獄が人型となって降臨しているかのよう。
「フンッ」
 地に立ったハイドラが軽く鼻で笑い、残った左腕を真っ直ぐ横に一振りして、陣風を生んだ。
『……コワイナ〜〜……』
 その風に煽られた全てのコワイナーの巨体が、まるで空気を抜かれたみたいに萎(しぼ)ん
で、どんどんと細まっていった。そして、最後には泥水のように『パシャンっ』と崩れてしまう。残
った仮面も薄っすらと透明に溶けていき、やがて消えた。
 ハイドラの真意の読めぬ無表情を警戒しながら、キュアブレイブが低く訊ねる。
「……どういうつもり?」
「興が乗ってきた。一対一で仕切り直しといこう」
 デスマスクのような表情が、薄く笑みを刷いた。いつ暴発してもおかしくない程の量の飢えた
殺意が、笑みの裏側で膨らんでいく。
 キュアブレイブに向けて左腕を突き出し、挑発するかの如く長い鉤爪をカチカチと鳴らした。
「オマエは極上の獲物だ。私の爪で徹底的に斬り刻みたい」
「いいわよ。あなたのダンスの相手、務めてあげるわ」
「ダメよっ、ブレイブッ!」
 軽やかに一歩踏み出したキュアブレイブの腕を、キュアエスポワールが掴んだ。一人では危
険すぎる……そういう相手だと直感が訴えてくる。
 しかし、彼女は真っ直ぐな視線を曲げることなく、キュアエスポワールの瞳を力強く捉えて言っ
た。
「どれほど危険な相手でも、一対一の勝負を申し込んできた以上、わたしは受けて立つ。そうじ
ゃないと、プライドが許さないもの」
 気高く、凛とした態度は崩さない。敵が地獄そのものでも、真正面から挑む苛烈さが、キュア
ブレイブのほっそりとした肢体から立ち昇っていた。
「……お気をつけて」
 言える言葉はそれだけだった。キュアエスポワールの右手が、そっと彼女の左手を握った。
伝わっていくのは想いと、力。
「ありがとう。行ってくるわ」
 希望の暖かさが装填された左手をギュッと握り、受け渡された力を自分の炎に乗せて解放し
た。右手からほとばしったサファイアブルーの炎を、光の力場が固定。細身の剣の形状で安定
させる。
 蒼炎の輝剣を軽く一振りして使いやすさを確かめた後、ハイドラの戦闘領域へ踏み込んでい
った。
 血の戦場にて、征くは少女の姿をした戦士、待つは殺戮を糧とする魔人。
 彼我の距離を10メートルに置いて二人が相対する。その瞬間、首筋にカミソリの刃を突きつ
けられたような死の感触が二人を襲った。お互いのつま先は、すでに死線を踏んでいる。
 交わす言葉すらなく。
 二人の身体が閃光の速度で走った。闘志と殺意が磁力のごとく作用して、蒼刃を、鉤爪を、
折れんばかりに激突させる。
「くっ ―― !」
 ハイドラの体の線が、目には見えぬほど微かに傾(かし)いだ。斬撃の鋭さ、威力、共にキュ
アブレイブのほうがわずかに勝る。しかし、勝負の明暗を分かつのは、そのわずかな差だ。

 ただし、相手が真の魔物でなければ。

 ドンッ!! という大木で薙ぎ払われるような衝撃がキュアブレイブのわき腹を打ち据えて、
その身体を大きく跳ね飛ばした。
「―― ッッ!!」
 弾丸のようなスピードで宙を舞った細身の身体が、ぶつかった車を一瞬でスクラップに変えて
吹き飛ばし、ろくに減速もしないままアスファルトの上で痛々しくバウンドした。
 それを見下すように、ハイドラの上半身が高々と持ち上がる。その身を支えるのは、二本の
脚ではなく、イブニングドレスの下から伸びた、しなやかにくねる巨大蛇の尾。
 戦闘体へと変貌を遂げたハイドラ。「ふしゅぅぅぅ…」という細い吐息が、笑みの形に刻んだ唇
から洩れた。
 その笑みを仰臥の姿勢で見上げたキュアブレイブが、反射的に道路を蹴って、素早く転がっ
て逃げた。直後、彼女がいた位置に赤黒い鱗で覆われた尾が叩きつけられ、表面のアスファ
ルトが爆発するみたいに砕け散った。
 なんとか姿勢を立て直したキュアブレイブが、すかさず両ひざを曲げて低く飛び上がった。そ
の下すれすれを猛速で薙ぎ払う大蛇の尾。
 頭上から殺気。
 頭蓋を抉ろうと高速で繰り出された鉤爪の手刀を、気配だけを頼りに紙一重で回避する。持
っていかれたのは、髪の毛数条。よりにもよって、こまちがキスで愛してくれていた髪だった。
(よくも……ッ!)
 キュアブレイブの瞳に、怒りの炎が美しく煌いた。その上半身を、再び振り回された大蛇の尾
が『ブンッッ!』と真横に薙ぎ払い、消し飛ばした。
(何ッ!?)
 直撃したはずなのに、空(くう)を切る手応え。
 それが残像であるとハイドラが気付くよりも早く、キュアブレイブが彼女の背後をとっていた。
怒りと同調して、蒼炎の輝きが激しさを増す。
「でやあああああああ!!!!」
 怒りの一撃を渾身の力で、鋭く、流麗に、ハイドラの尾へ叩き込もうとする。
 しかし、蒼炎の刃が鱗の表面に届く寸前、キュアブレイブの体が物凄い勢いで後ろへと引か
れた。唐突に力のベクトルが変わり、今度は体が急上昇していく。
「―― ッ!?」
 キュアブレイブが状況を理解する前に、歩道のコンクリート製の石畳へと、まっ逆さまに猛ス
ピードで叩きつけられた。
『ゴガッッ!!』
 硬い破砕音に続いて、割れた石畳の破片が飛び散り、キュアブレイブの身体を中心に浅いク
レーターが出来る。
(う…くっ……)
 一瞬呼吸が止まって、意識が霞んだ。全身を突き抜ける衝撃が、手足の動きを麻痺させる。
ハイドラの次の攻撃が来る。……その焦燥を丹田に喝を入れて鎮めた。
 死ぬかもしれない。冷静な理性が、キュアブレイブにそう告げる。すでにハイドラは攻撃態勢
に入っている。

「キュアエスポワールっっ!」
 このままだとキュアブレイブが本当に危ない。そう感じたユメが見かねて叫んだ。しかし、キュ
アエスポワールはその呼びかけに対し、背中を向けたまま首を左右に振った。
 助けには行けない。これは、大切な人が誇りをもって挑んだ決闘なのだから。
 今、自分がやらなければならないことは、信じること。
 キッと眼差しを上げて、キュアブレイブの闘いを見つめる。

 キュアブレイブに死が迫る。ハイドラが、筋肉の固まりたる巨尾で跳ねるように距離を詰めて
きた。繰り出すは、全体重と移動加速を乗せた鉤爪による突きの一点。たった一つの技に集
中された破壊力が、回避不可能な速度でキュアブレイブを襲う!
(よけられないのならば……迎え撃つのみ!!)
 絶体絶命の攻撃に対し、こちらも攻撃で牙をむく。衝撃による全身の痺れを、アドレナリンの
沸騰が吹き飛ばすッ!
 蒼炎の輝剣を握った右手が、腰の回転に乗ってしなやかに跳ね上がる。不利な仰向けの姿
勢から、狙い打つは鉤爪の切っ先。刺突と刺突の真っ向勝負。
「馬鹿かオマエッ!?」
 剣と爪の切っ先、鋭い尖端同士がわずかなズレもなく激突、そして見事に噛み合わさって拮
抗する。こんな事を仕掛けてきたキュアブレイブに、思わずハイドラがそう吐き捨ててしまった
のも無理はない。
 しかも…。
『ピシピシ…』という音が、キュアブレイブの左手から聞こえてきた。大きくひび割れの走った石
畳に指を食い込ませ、その左腕を支えに上半身を起こそうとしている。
 切っ先同士の競(せ)り合いは、キュアブレイブのほうへ天秤が傾きつつあった。ハイドラが
全力を込めているはずの鉤爪の位置がじわじわと上昇 ―― すなわち、全霊を振り絞ったキュ
アブレイブの剣に押されて後退している。
 正面切っての膂力のぶつかり合いで、徐々に自分が押し負けていくのを感じたハイドラが愕
然とこぼした。
「……怪物めっ!」
「恋する乙女の底力、舐めないでもらいたいわねッ!」
 ついにキュアブレイブの剣先が、鉤爪の尖端を跳ね上げた。右ひざを立てて、だんっ、と足裏
で大地を踏みしめ、自分の剣を追う勢いで上半身を起こす。
「クッ!」
 腕の内側を沿うように真っ直ぐ伸びてくる剣先を、ハイドラがとっさに身を引いて避けてしま
う。その行為が生んだ一瞬の隙をキュアブレイブは見逃さない。バネのごとく全身を跳ね起こし
て、逆袈裟の斬撃をハイドラへと見舞う。
「おのれ……ッ」
 その一撃を、奇跡的にカバーが間に合った鉤爪の背で受け止めるも、この完全に懐(ふとこ
ろ)に潜り込まれた状態で、次の奇跡は無いと悟る。ハイドラが振り上げた尾を地面に叩きつ
け、その反動で後ろへと跳ぶ。
「逃がさないッ!」
 蒼炎の輝剣を両手で構えたキュアブレイブが、矢のような猛ダッシュで地を駆ける。ハイドラ
はさらなる戦術的後退のため、連続で超至近距離の空間跳躍を使用。その余波が生んだ空
間の乱れが何層にも重なって、直線で追ってくるキュアブレイブの脚を邪魔する。
(仕留めてやるぞ、次の攻撃で)
 ハイドラの双眸が、キュアブレイブの姿を狙い澄ます。剣と鉤爪、打ち合わせるには開きすぎ
た距離から、奥の手で奇襲を仕掛けようと ―― 。
「ずいぶんと長い右腕なのね」
 驚愕ため、ハイドラの瞳孔が縮瞳した。右腕が消し飛ばされたあと、気付かれぬように気配
を絶(た)ちながら召喚・接合した『不可視の腕』。長さ10メートル弱の自在にくねる触手状の
腕こそが、先刻キュアブレイブを石畳へと叩きつけた、見えない攻撃の正体だった。
 ゆっくりと剣を構え直すキュアブレイブが、その見えないはずの腕の動きを、鷹の如き鋭い視
線で油断なく追う。正確には、全感覚を研ぎ澄まして、その腕の存在によって微かに乱れをみ
せる空気の流れから位置を読み取っていた。
「……ッ!」
 もはや奇襲の意味は無く、ゆらっ…と鎌首をもたげた不可視の右腕が、次の刹那、電光石
火の速さでキュアブレイブを襲った。
「無駄よ。タネの割れてしまった手品が通用するとでも?」
 その見えない腕を一刀のもとに斬り捨てたキュアブレイブが、神速の疾駆でハイドラへと迫っ
た。『ブォンッ!』と暴虐なスピードで振られる尾の迎撃を、怯むことなく飛び越える。
 飛翔と共に振りかぶられた蒼炎の輝剣。その清浄な輝きがハイドラの瞳を打った。
 真っ直ぐに自分の頭頂へ振り下ろされる蒼炎の刃へ、戦闘鬼の本能が反応した。左腕が音
速の壁をぶち抜いて跳ね上がる。鉤爪による鉄壁の防御が刃を捉え ―― ?
「空振りね」
 ハイドラの顔へ、キュアブレイブが唇を寄せて呟いた。
 剣を形成していた力場は、鉤爪と交差する寸前に解除され、それを握っていた右手は拳とな
ってハイドラの胸の中心に押し当てられていた。

 ハイドラが気付いた時、全ては遅く ―――― 。

「プリキュア・ブレイブエクスプロード!!」
 ゼロ距離から叩き込まれた凄烈なサファイア・ブルーの劫火。闇を打ち砕く破邪の神光。
 ハイドラの蛇身が蒼炎の輝きに包まれながら、流星のように吹き飛んでいく。
 すたっ、と着地したキュアブレイブの視界の遥か彼方で、『ドォンッ!』と蒼い火柱が上がっ
た。
 それを見届け、「ふうっ」と一息ついたキュアブレイブが、振り向いてキュアエスポワールへと
笑顔を向けた。

「……オマエの勝ちだ、キュアブレイブぅぅぅ……」
 すぐ耳元で聞こえた幽鬼の如き声音。キュアブレイブの背筋が凍りついた。背後に突如とし
て湧き上がった妖気の大きさに、勝ち気なはずの彼女が、攻撃よりも逃げることを選んだ。
「あなたは……」
 身をひねってバックステップで素早く距離を取り声の主を信じられない思いで凝視した。キュ
アエスポワールも、同様に顔色をなくしていた。