プリキュアオーヴァーズDX 02

第ニ話「プリキュア・ライジングストリーム」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 草の匂い。ひんやりとした土の感触。まぶたを叩く朝日のまぶしさに、ゆっくりと意識が覚醒し
てゆく。アカネがまず思ったのは、ひかりのことだった。
 腕に乗っかっている頭部の重み。間違うはずもない、ひかりの頭だ。ホッとして、その軽い肢
体を自分の胸に抱き寄せる。彼女の無事を確かめるように、手の平で優しく背を撫でさすっ
た。
「んっ…ん……」
 ひかりもまだ意識がハッキリしていないのか、アカネのやわらかな胸に顔をうずめたまま、気
持ち良さそうな声を洩らした。
(アタシもひかりも大丈夫みたい……)
 特に身体の痛む部分とかも無い。ひかりが無意識に、きゅっ、と服の裾を掴んできた。アカネ
の頬が緩む。
 気だるげにまぶたを上げて、状況を確かめる。木漏れ日の光と、枝々にまぶしく映える緑。
大きな樹の根元に二人して仰向けに寝転がっているらしい。
(ポルン……ルルン……)
 ハッとして左右を見渡す。ひかりを抱いている腕と反対側の手にも、あのフワフワとした感触
がない。アカネが後ろ手をついて、慌てて上体を起こす。
 ようやく意識を取り戻したひかりも、アカネの緊迫した雰囲気に打たれて、サッと顔色を変え
た。知らず知らず、服の裾を掴む手に力がこもった。
「ひかり、ポルンとルルンが……」
 いない ―― アカネがそう続けようとした所で、淡く暖かな光の球体が、ふわり、と二人の目
の前に舞い降りてきた。数は二つ。大きさは子供の握り拳ほど。
 とっさに自分の身体を盾にして、ひかりをかばおうとしたアカネだが、すぐに二つの光球に害
意がない事を悟って警戒の姿勢を解いた。
 ふわり、ふわり…、と重力を無視して宙をただよう二対の光球が、二人に向かって厳粛な語
調で言霊を紡ぎ始めた。

『今ここに、新たなる伝説を開闢す。七曜の宝拳、光威の姫将、無量無尽金剛光を纏い
しニ柱の聖戦の徒、神々の戦野に解き放てり』
『其は七輝の晄矢、其は破魔の晄弓、黒き死の飢餓を貫き滅ぼす宿運なれば、この大
戦の果てにて勝旗を掲げん』

 絶対宣言 ―― 世界の因果律を構成変化させる神託が二人の耳朶に沁み込んでゆく。光球
は空中で静かに結晶し、手の平サイズのコンパクトミラーに姿を変えた。
 緩やかに重力の影響を取り戻しつつあるその二つの物体に、アカネとひかりの手が同時に
伸びた。あらかじめ決まっていたかのごとく、アカネは白いほうを、ひかりはピンクのほうを。
 角の丸まった四角いフォルム。プラスチックのような光沢の表面は、一見無地に見えて、光
の反射角度によって、キラキラとデコレートされた虹色のハートマークがたくさん浮かび上がる
仕様。
 そして、その中央に埋め込まれた宝石みたいに綺麗なレンズ。
「んっ? なんだ、こりゃ?」
 レンズを覗き込もうと顔を近づけたアカネの前で、唐突に、そのコンパクトミラーがパカッと開
いた。アカネが「わっ」と声を立て、軽く仰け反る。
 蓋部分の裏側は、四つの角に装飾を施された鏡仕立て。そこにポルンが顔だけを覗かせて
いた。
「ポルン!? なんでこんな所に入ってるの!?」
「入ってるんじゃないポポ。これがポルンの新しい姿、<レインボーコンパクト>ポポ」
「レインボーコンパクト……?」
 アカネの身体に寄り添って、ひかりも手にしたピンクのコンパクトミラーをパカッと開いた。や
っぱり蓋の裏側にはルルンの顔があった。
「宝石をなでてお世話してほしいルル♪」
 ひかりが視線を落とすと、手にしている側の本体には、ハート型に拵(こしら)えられた七種七
色の宝石が象嵌されていた。
 ルビーを中心に、サファイア、アクアマリン、エメラルド、シトリン、トパーズ、アメジストが環を
描いて配置されている。とりあえず、ひかりの指が中央のルビーを遠慮がちにさすってみた。
 ほわっ…。
 ルビーがふんわりと優しく明滅した。すると、ルルンが顔を出している鏡の部分が透けて、代
わりに、その後ろの光景がそこに映し出された。
「これって、後ろにあるレンズが捉えている光景…?」
 アカネも真似をしてルビーをさすってみると、同じくふんわりと明滅したのち、ポルンの顔の背
後に、樹の幹が映し出された。
「へえ……」
 感心した様子で、アカネが大きく伸ばした腕を右から左へゆっくりと動かし、レインボーコンパ
クトに映し出される景色が流れていくのを楽しんだ。
「新しい姿になってお腹が減ったポポ。何か食べさせてほしいポポ」
「えっ、何か食べさせてっていっても……」
 アカネがひかりと顔を見合わせた。二人の瞳が交錯し、ひかりが「あっ」と驚きと戦慄の色を
顔に走らせた。アカネの表情にも緊張が走る。
「どうした、ひかりっ!?」
 ひかりがレインボーコンパクトをスカートの上に置いて、アカネの胸を真正面から両手で鷲掴
みにした。
 むにっ、と服を通して、ひかりの手の平に伝わっていくやわらかな肉の感触。

「 ――― ッ!?」

 あまりに突然のことに、アカネは何の反応もできない。
 服の上から乳房のボリュームを確かめるように、二つのふくらみを撫で転がす丁寧な手付
き。ひかりが真剣な表情で何かを考えながら、瑞々しい双乳を揉みしだく。
 そして、乳房の裾に手を添えて、たわわな重みをグッと持ち上げて量り、ひかりは確信した。
「アカネさん大変です! すごく若返ってます!」
「あ…そお」

 ……大変な事実を告げられても、それだけしか言えなかった。普通なら問答無用でシバキ倒
している所だが、ひかり相手にそんな事は死んでも出来ない。
 というよりも、ひかりが口にした言葉の内容に、脳の理解が追いついていなかった。
 まだひかりの両手が張り付いている自分の胸へと、ぎこちなく視線を降下させ、そこでようや
く自分の今の姿に気が付いた。
「あれ、なんでアタシ、ベローネの制服なんか……」
 ひかりの言葉が脳裏にリフレインされる。ハッとして頭に手をやると、愛用しているバンダナ
が無い。あたりを見渡すと、投げ出された通学カバンと、使い馴染んだクロス。
 通学カバンはともかく、戦友とも言える自分のクロスだけは見間違える事はない。一緒に厳し
い練習の日々を過ごして、青春の汗をしみこませてきた宝物だ。
 まるで、昔の頃に戻っちゃったみたい……。
 そういえば、さっきレインボーコンパクトの隅に映った自分の顔……。混乱した頭を静めるべ
く、一回大きく深呼吸して、ひかりと向き合った。
「ひかり、本当にアタシ若返ってる?」
「はい、間違いないです。胸の揉み心地から考えて、わたしと同じ15歳です」
「なんで胸揉んだだけでそこまでわかるンだよっっ!? てゆーか、そんなに若返ってる
んならアタシの顔見ただけで充分だろ! 胸揉む必要ないだろっっ!」
 アカネが巻き舌でわめき散らかした。顔が赤いのは羞恥心のせいだ。胸には、ひかりの丁寧
な指使いの感触が残っていた。
(あっ、やばっ……アタシ、ちょっと気持ち良くなってたみたい……)
 さりげなく胸を腕で隠しながら、アカネがそっぽを向く。心臓がドキドキと高鳴っているのが恥
ずかしい。ますます顔が赤くなってしまう。
 ちらり、と視線だけを巡らせて、ひかりの様子を窺うと、彼女は隣で黙って俯いていた。アカネ
に怒鳴られたのがショックだったのか、可憐な花が雨に打たれてうなだれているみたいな、あ
まりにもしおらしい姿。
(…………っ!)

 その瞬間 ―――― 

 恥ずかしさを押しのけて胸に突き上がってきた熱い感情が何なのかを考えるよりも早く、アカ
ネの腕が伸びて、ひかりの肩をギュッと全力で抱き寄せた。
 随分と若返ってしまったせいか、背丈も縮んでいるらしい。ひかりの身体はいつもよりも大きく
感じられた。
「も…もお、胸さわるんだったら、その前にせめて一言くれたっていいじゃない。いきなりだと恥
ずかしいし、びっくりするし……」
 もじっ…、とアカネが全身に恥じらいを漂わせて続ける。
「……ほかの奴があんな事したら殴り飛ばすけど、ひかりになら……、その、ちゃんと許してあ
げるからさ」
 言葉の最後に笑みを添えて。普段と変わらぬ姐御口調には、自身への恥ずかしさと、ひかり
への温かさが隠されていた。
「アカネ…さん…」
 ひかりの小さな胸を『きゅんっ』と甘いうずきが襲う。自分からもアカネの身体にきつくしがみ
ついて、目を閉じる。愛しいやわらかさと体温に頬を押し付け、大好きな人の腕に包まれる幸
せを噛み締める。


「二人とも、ポルンたちのこと完全に忘れてるポポ……」
「ルルぅ…」


 二人がようやくポルンとルルンのことを思い出したのは、しばらく経ってからの事。
「…………」
「…………」
 アカネもひかりも何も言わず、顔をほんのりと赤らめながら、密着していた身体の間にそそく
さと拳一つ分の距離を空けて座り直した。
「え、えっとお腹すいたって言ってたっけ…」
 アカネが通学カバンの中を探って、ぎゅっと固結びにしたナフキンに包まれた二段重ねの弁
当箱を取り出した。上の弁当箱にはオカズがどっさり、下のには白いご飯がぎっしり。
 上の弁当箱を開けて、ふと、アカネがある事に気付いた。
「何でも好きなの食べていいけどさぁ……、これって元の姿には戻れるの?」
「心配いらないポポ。元の姿に戻らなくても食べる事ができるポポ」
「サファイアを撫でて、お弁当を『キャプチャー』して欲しいルル」
「キャプチャー…?」
 ひかりが首を小さく傾げながら、サファイアを指でスッ…と撫でた。―― ピピッとサファイアが
蒼く点滅。すると、ルルンの顔がフレームアウトして、オカズの詰まった弁当箱の映像がミラー
部分に撮り込まれた。
「プリンになれルルーっ♪」
 ミラーの中で弁当箱が『ぽんっ』と音を立て、クリームのたっぷり乗ったプリンへと変化する。
「へえっ、こりゃ食費かかんなくていいや!」
 家計簿的にも助かる。アカネもひかりに倣って、さっそくレインボーコンパクトでお弁当をキャ
プチャーした。
「ケーキになるポポーっ!」
 ポルンの一声で『ぽんっ』とお弁当が苺の載ったショートケーキに。二人が「いただきますポ
ポ」「ルル」と声をそろえて、はむはむと食べ始める。
「おいしいポポ」「ルルっ♪」
 ミラーの中で美味しい幸せを満喫している二人を眺め、アカネとひかりが顔をほころばせる。
 ちらり、と弁当箱に敷き詰められたオカズに目をやったひかりが、その視線をアカネへと流し
た。
「けっこう量がありますよね。アカネさんって、たくさん食べるんですね」
「うん、学生の頃はね。そりゃあ現役バリバリのラクロッサーだもん。これくらい食べてなきゃ身
体もたないって」
 ひかりの視線を瞳で受け止め、にやり、と目だけで笑ってみせる。
「ひかりもこれくらい食べないと、いつまでたってもおっきくならないんじゃないのぉ?」
 身長の事を言っているのかと思ったひかりは、一瞬、「そうですね」と笑顔で相槌を打ちかけ
たが、その言葉の鉾先が身体のどこに向けられているのかに気付き、慌てて言葉を呑みこん
だ。
「…………」
 ひかりが顔をうつむかせた。白磁の肌に、ほんのりと赤みが差す。眉尻を下げて、視線だけ
をチラチラと向けてくる。恥じらいをたっぷり含んだ、かわいらしい抗議の視線。
(何? なんか言いたい事でもあんの?)
 アカネがニヤニヤと意地悪い笑みで受けて立つ。いきなり胸を揉まれた件はこれでチャラ
だ。……が、困った様子のひかりがあまりにも可愛いので、もうちょっといじめてやろうと思っ
た。
 幼いポルンたちが居る手前、「おっきくなったらアタシにも揉ませてよ?」みたいな教育上問
題のある発言は出来ない。だから、二人には気付かれないよう、ひかりにだけ見える位置で、
こっそりと手の平を動かしてみせた。
 わきわきと、やわらかなモノを揉みしだく手付き。
「…………ッッ!!」
 アカネのいやらしい視線と合わせて、その手の動きの意味を察したひかりが、顔を真っ赤に
して立ち上がり、コンパクト姿のルルンを手にしたままダッシュで樹の後ろに隠れてしまった。
「もうやだっ、アカネさ〜んっっ」
 その泣きそうな声に被さるように、アカネの明るい笑い声が響いた。
「アカネ、ひかりを泣かしちゃダメポポ!」
「あははっ、わるいわるい」
「でも、ひかり、嬉しそうルル」
「ル、ルルン、そんな事言っちゃダメぇっっ!」
 ひかりのひどく上擦った声が樹の幹の後ろから聞こえてきた。アカネがお腹を抱えて爆笑す
る。


 あっはっはっ、と快活に笑っていたアカネが、急にその笑みを引っ込め、真顔になる。ひかり
たちの保護者としての責任を思い出したのだ。
 状況を整理するように独白する。
「これ、一応中身はアタシのままだけど……15歳の頃にタイムスリップしたってことなの?」
 原理は良く解らない。けれど、こうなる直前ポルンが訴えてきたひかりの危機 ―― それに星
がたくさん死んでいるとか。ただ、皆でタイムスリップしただけで終わりとは思えない。
「目的は……何……?」
 思案に耽るアカネ。ひかりが樹の後ろから出てきて、その隣にそっと地に両ひざを着けて腰
を下ろし、放置されていた弁当箱を片付け始める。
「あの……アカネさん」
 オリーブグリーンの穏やかな眼差しが、自分の手の動きを追う。丁寧に弁当箱を二段重ねに
してナフキンできちんと包み直し、通学カバンの中へと収める。
 アカネの疑問に答えられる言葉は見つからなかった。
 ましてや、自分のせいでアカネさんたちに迷惑が ――― などとは言わない。それはアカネが
絶対に望まない言葉だから。
 どういう言葉を続けるべきか迷って、アカネのほうを見た。そこに答えがあった。
 ただ、大切な人たちを守りたい。その想いを言葉にする。
「アカネさん、心配しないで。わたしがみんなを守ってみせます。何があっても、アカネさんやポ
ルン、ルルンを傷つけさせたりなんかしない」
 小さな手が、ぐっと拳を作った。アカネたちを守ろうと決めた瞬間、自分でも信じられないほど
の力が湧き上がってきた。
 この時、頼もしそうに返ってきたアカネの眼差しを、ひかりは『誇り』として一生胸に残そうと思
った。

「よしっ、それじゃあ、今日は学校サボろう!」
 ポルンとルルンが食べ終わったのを見て、アカネが腰を上げた。弁当を収めた通学カバンを
拾い上げた隣で、ひかりがアカネのクロスを手に立ち上がる。
「アカネさんがラクロスするところ、見てみたかったですが……」
 ぽつんっ…と口にした。
 現役時代のアカネがどのようなプレーをするのか大いに興味はあったが、学校に行ける状況
ではない。下手をすれば大勢を巻き込むことになりかねない。念のため、なるべく街からも遠ざ
かった方がいいだろう。
「アカネさん、どこか行くアテは……」
 不意に言葉が途切れた。枝々に生い茂る緑の隙間から暖かに降っていたはずの陽光が妙
だと気付く。まるで色あせてしまったような……。
「来たポポ!」
 ポルンの声が緊張を帯びた。その瞬間、世界が反転した。葉の緑も、空の青も、全ての色が
鮮やかさを失う。そこにあるのは、静寂に満ちたモノクロームの世界だった。
 アカネとひかり、自然と背中合わせになって身構えた。二人の呼吸が緊張に張り詰める。い
つ、何が、目の前に現れても対処できるように……。
 突如、無音で、ドンッ!と身体を震わす衝撃が襲ってきた。よろめくひかりを、アカネの手が
支える。
(くっ……なんなのっ!?)
 素早く周りを見渡しながら、アカネがひかりの身体を腕の内側へと招き入れた。視認できた
のは、色を無くした緑の木々と空、そして遠くに、モノクロームに染められた街。
 その上空に、斜め下から鮮やかな光芒が突き刺さっていた。
 あまりに力強い輝き。空気がビリビリと震えている。
「あれは……ブラックとホワイトのマーブルスクリュー……」
 ひかりが目を見開いた。そして気付く。黒白(こくびゃく)に輝く奔流の螺旋、悪を殲滅する神
鎚光芒<プリキュアマーブルスクリューMAX>を防いでいる存在がいることに。
「アカネさんっ、わたし、あそこへ行きます!」
「バカっ、危ないでしょっ!?」
 当然止める。でも、ひかりが必死に訴えてくる。
「あそこで闘っているのは、なぎささんとほのかさんなんですっ!」
 再び、ドンッ!と身体を震わす衝撃が襲ってきた。二人の視線の先で、光芒が吹き散らかさ
れるように拡散してゆく。
「くそっ!」
 ひかりの安全を最優先したいが、付き合いの長い親しい後輩たちの名を出されては放ってお
けない。いったん駆け出しかけたアカネが、ひかりと真正面から向き直り、彼女の双眸を厳し
い眼差しで捉える。
「いい、ひかり、あんたは何があってもここで待ってるの。アタシが様子を見てくるから……絶対
についてきちゃダメっ。わかった?」
 もし首を横に振ったら、頬をひっぱたいてでも言う事を聞かせるつもりだった。そのアカネの
気持ちは確かに伝わったけれど、ひかりはやっぱり首を横に振った。
 アカネが毅然と手を振り上げた。ひかりに手をあげる行為に、悲しみが瞳をかすめた。
 大切な人の眼差しに悲しみが宿ったのを見て、ひかりも瞳に悲しみをにじませた。しかし、決
意は変わらない。アカネにぶたれるのを覚悟して静かに目を閉じる。
「……この、ばかっ」
 アカネが、頬を叩くために振り上げた手で ――― ひかりをギュッと力強く抱き寄せた。華奢
な体躯を受け止める胸が、カッ、と熱くなる。
 世界で一番大事なこの娘を守る力が欲しい。ひかりの笑顔を守りたい。ひかりの胸にある小
さな幸せを守ってやりたい。

 ――― どくんッ!

 突然、手にしているレインボーコンパクトが熱く脈打ったような気がして、アカネは自分の手に
視線を落とした。
 ……気のせいではない。確かに熱を帯びている。太陽に手をかざした時に感じる、清浄な温
もり。
「ポルンっ?」
 ミラー部分に浮かぶポルンの顔が、力強く頷き返してきた。
「アカネだけじゃないポポ。ポルンだって、ひかりを守りたいポポ」
「ルルンもっ……ルルンもひかりやアカネを守りたいルルッ」
 二つのレインボーコンパクトが、ふわりっ、と二人の手から飛び出して宙を軽やかに舞う。

『レインボーフィールド!!』

 幼くも、芯の通った強い響き。そして、二つのミラーから放射された七色の光の奔流。アカネ
とひかりの周囲にハート型の虹を描いて、レインボーコンパクトが二人の手に戻ってきた。
「二人とも、変身するポポっ!」
「えっ? …えぇっ?」
「えっ、もしかしてアカネさんも変身するの…?」
 虹色の光の中で、アカネとひかりが戸惑う。そもそも説明不足すぎる。……なのに、身体は
反射的に動いた。
 レインボーコンパクトの宝石全ての上に手の平を重ねて、小さな円を描くように優しく撫で、全
ての宝石を一斉に、フワッ…、と明滅させた。レインボーコンパクトをパタンと閉じると同時に、
蓋上のレンズが光り輝く。
 アカネがひかりに眼差しで合図を送った。ひかりが見返し、微かにうなずく。二人の手が、レ
ンズから伸びる輝線を重ね合わせ、レインボーコンパクト同士をリンクさせる。

「「 プリキュア・ライジングストリームッッ!! 」」

 再び手から離れたレインボーコンパクトが、まばゆい輝きを放射しつつ、上昇する螺旋を描
いて、アカネの身体を、ひかりの身体をそれぞれ包み込んだ。
 物理界において固定化された因果定数が揺らぎ、変数化した。量子域からの干渉で、世界
を一時的に上書きする。二人の身体の内側に、神霊の息吹が満ちてゆく。

 超高速で物質化する聖なる力。やわらかな光のたなびきが、二人を守護するドレスフォーム
へと変化する。桜の花びらのように柔らかく、だが、攻撃に対しては、鋼鉄の鎧と化す。
 アカネが身に纏う清廉なシルバーホワイトと、ひかりが身に着けたやわらかなパールピンク。
 ワンピースタイプの二人の衣装は、小さな翼を模(かたど)った袖で肩を包み、裾は尻下まで
をかろうじて隠す程度の短さで、さらに左右に小さなスリットが入っている。そのため、むき出し
となってしまう脚を、アカネは右脚に昇竜の刺繍の入ったレギンスでカバー。ひかりはオーバー
ニーソックスで裾下のギリギリまでをカバー。
 細いウエストを締めるのは、ハート型にカットされた宝石を交えた二重のチェーンベルト。
 首に踊るチョーカー。ハートのカタチをしたクリスタルがアクセサリーとして揺れる。
 少女たちの腕に、煌く光が輪舞しながらまとわりつく。それは、シルクのようになめらかなグロ
ーブへと変化して指先からヒジまでを覆う。。そして、足元から噴き上がる爆光は、ブーツとなっ
て二人の足に定着。
 黄金の粒子を放ちながら、ひかりの髪が、ぶわっ、と大きく広がっていく。生み出された二つ
のリボンが、ふんわりと豪華なツインテールに仕上げる。
 アカネの髪は、白銀の粒子を散らしながら細く、龍の尾の如く背後にたなびき、自動生成され
た髪留めがそれを一本結びにする。背に流れる、一筋の狐色の髪。
 アカネが右腕を、だんっ、と前方に突き出し、五指にあらん限りの力を込め、『ギッ!』と固い
拳を作る。
『ドカァァンッ!』と七色の光がアカネの右腕で小爆発。その爆煙が晴れると、メタリックな輝き
を見せる重厚な小手が右腕に装着されていた。
 九割変身を終えた二人の胸元へ、レインボーコンパクトが飛び込んできた。緩やかに横回転
しながら、浅い胸の谷間でバウンド。輝き立つハートのモチーフと、リボンの台座に姿を変えて
二人の胸にゲットダウン。


「な、なんだぁぁ〜〜〜〜っっ!」
 アカネの、変身後の第一声がそれであった。叫んでから、ポルンたちが毎週日曜の朝に見て
いるフレッシュなんとかというアニメを思い出した。
 ひかりのほうは、変身しなれているだけあって冷静だ。すぐにこの新しい姿のチェックを始め
た。かつてシャイニールミナスであった頃とは随分勝手が違うようだ。
「……スースーします」
 そう言って、短い裾(すそ)をキュッと下に引っ張る。アカネの穿いているレギンスがうらやまし
い…。
 後ろ姿へと注がれる羨望の眼差しに気付いたのか、アカネが振り向いて、ギョッとした顔にな
った。
「ちょ、ちょっと、何…、アタシのお尻ジーッと見て……」
「ち、ちがいますっ!」
 短い裾を両手で押さえながら、もじもじと慌てふためく。 
「ねえ、ルルン、ちょっとこの裾短すぎない? これじゃ、動いたら見えちゃう…」
 この状態で会話は出来るのだろうか? ひかりが自信なさげに、おずおずとハートのモチー
フへと変化したルルンに語りかけてみた。すると、ハートがピコピコ点滅しながら答えてきた。
『だいじょうぶルル、聖なるパワーで中は見えないようになってるルル』
 なんとなく半信半疑な表情になるひかり。「本当かぁ?」と近づいてきたアカネが、ピラッ、ピラ
ッ、と裾をめくろうとする。ひかりが「きゃあっ」と黄色い悲鳴を上げて逃げ出した。

「それよりもポルン、これってビューンって空飛べたりとかするの?」
 一転、アカネが光芒の噴き上がっていた地点を鋭く見据えて、険しい表情を作った。本物の
戦闘の気配が肌にビリビリとくる。全身が総毛立っているのが分かる。
 やれるの、アタシに……。不安が胸を重くするが、ひかりや、他のみんなを守る事が最重要
だ。肝を冷やしている場合ではない。
 完全に腹をくくったアカネの胸で、ハートをピコピコ点滅させながら、ポルンが強い声で答えて
きた。
『飛べるポポ。<H(ホーピッシュ)チェンバー>を使うポポっ!』
「へっ? Hチェンバー? 何それ?」
 初めて耳にする言葉だ。アカネの視線が戸惑いに揺れ、ふと、右腕に装備された白銀の篭
手へと落ちた。
 肉厚の金属の重み。拳の先からヒジまでを被う流麗なフォルム。表面は磨き上げられてい
て、まるで鏡のようだ。
「ポルン、これ……」
 アカネが右腕を軽く上げて問おうとした瞬間、カチリ…、と小さな装填音が籠手の中から響い
てきた。
「…えっ?」
 アカネがそのままの姿勢で硬直する。澄んだエメラルド色の光が、ヒジのほうから拳のほうへ
と籠手の表面を流れていった。

 エメラルドバレット ―― 水星守護圏に帰属する神威<緑吹かす風の輪舞>を顕現させる気
流子の結晶弾。

 Hチェンバーに装填された弾丸が神威を励起、物理領域への一時性作用を開始する。
 エメラルドの燐光が吹き散り、浮圧がアカネのブーツの裏にかかった。ふわり、と足元に巻き
起こった微風は瞬時に暴風へと発達し、アカネとひかりを呑み込んで、空高く舞い上げた。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ………………ッッ!!?」
 アカネの混乱した悲鳴が長く尾を引く。
 文字通り、ビューンと空を吹っ飛びながら、二人は一路戦場を目指す。